YouTube は、ユーザーやクリエイターによって生み出されるトレンドと、進化するテクノロジーの両者が、お互いに影響し合いながら成長を遂げています。そして、YouTube を支えるテクノロジーの基盤となっているのが、AI です。
Think with Google でもこれまで、AI によって広告配信を最適化する「動画リーチキャンペーン」「動画アクションキャンペーン」などの活用事例を取り上げてきました。
しかし今や、マーケティングにおける AI 活用の可能性は広告配信にとどまらず、マーケティング活動全般においてマーケターに並走するパートナーになり得ます。
Google では AI への投資を加速させる中で、さまざまな先進的な企業と取り組みを進めてきました。それらの事例を見ていると、もはや AI は概念ではなく社会実装の時代に入ったと言えるでしょう。今回は、2024 年 10 月に開催したマーケターのための YouTube の祭典「Brandcast」で紹介した 2 つの事例を取り上げます。
マーケティング戦略からクリエイティブのプランニングまで「Gemini」が伴走:Google
まず紹介するのは、Google のマーケティングチームによる事例です。Google の AI 「Gemini(ジェミニ)」のキャンペーンプランニングに AI を取り入れました。Gemini は、Google の生成 AI モデルにおける中核を担う存在で、テキストはもちろん、画像、動画、音声なども理解できるようになっています。
今回のキャンペーンの対象は若年層です。スマートフォンの普及に伴い、若年層の趣味嗜好は多様化しています。場所や気分、時間帯などによって興味関心が変わるため、マーケティングではそうした変化を捉えられる幅広いメディアや、多彩なクリエイティブが必要です。しかし従来と同じリソースで、広範囲にわたる人々の趣味嗜好を捉えようとすれば、マーケターの負荷が重くなってしまいます。
そこで Google のマーケティングチームは、若年層に向けて Gemini を訴求するキャンペーンのプランニングを検討するにあたって、その Gemini を活用しました。戦略策定、コミュニケーション、クリエイティブのプランニング全体にわたって、Gemini にマーケティングの専門家になりきってもらうことで、従来と同じ時間でこれまで以上に多様なアプローチの検討を試みたのです。
そのためにまず取り組んだのは、Gemini に会話のルールをインプットすることです。たとえば、一貫性のある回答を得られるように「マーケティングの専門家になって答えてください」「客観的でわかりやすい説明をしてください」といった役割や技能を定義したり、キャンペーンの目的や予算の制約などをインプットしたりします。また関連する Web サイトや Google ドキュメント、PDF 資料などをアップロードして Gemini に学習させることで、より精度の高い回答を生成できるようにしました。
こうした基本的なルールや情報を学習させた上で、各フェーズではより具体的に指示を与えるためのプロンプト(指示)のテンプレートを作成しました。一例として、マーケティング戦略の策定では 3C 分析を用いた市場調査を行いましたが、その際には次のような指示を与えます。
市場調査に限らず、ペルソナの作成、インサイトの分析、プロダクトの提供価値の定義、メディアごとのタッチポイントの設計など、それぞれのフェーズで同様の指示を与え、Gemini が質の高いアウトプットが出せるように学習を進めました。
こうした準備をした上で、今回は 2 日間のワークショップを開催しました。ワークショップでは、戦略策定、コミュニケーションプランニング、クリエイティブプランニングといったフェーズごとに参加者が草案を作成し、それに対してコメントを出し合います。参加者はそのフィードバックを参考にしながら、プロンプトを利用して改善案を作成。再度それぞれの改善案を突き合わせた上で、責任者がプロンプトを利用して最終案を作成するという流れです。
ワークショップを振り返ると、これまで戦略策定、コミュニケーションプランニング、クリエイティブプランニング全体でかかっていた作業時間を従来よりも大幅に短縮できました。もちろん作業自体の単純比較なので、プロンプトの精度を高めるための事前の準備などは必要です。それでも、マーケターが単純作業の時間を削減し、戦略にかかる議論や対話、クリエイティブの最終的な仕上げといった付加価値の高い創造的な業務に時間を割けるようになったことは非常に価値あることでした。
さらにプランニングが効率化できたことで、短期間で多くのクリエイティブを試すことが可能となり、より高精度で成果につながる企画に仕上げることもできました。
既存の動画素材を AI で再編集、広告の鮮度を高める:日産自動車
続いて紹介するのは、日産自動車株式会社の事例です。軽自動車を対象としたキャンペーンで、AI を取り入れました。
キャンペーンの狙いは、車に興味がない購入検討者層に対して、日産の軽自動車が搭載している最新性能への興味や理解を生み出すことです。この事例では、限られた予算の中で制作コストを抑えるために、既存の動画素材を有効活用することで、キャンペーンの鮮度を高める新たな制作プロセスにチャレンジしました。
活用した AI サービスが「Shorts Maker」です。オーガニック再生 5 万回以上の YouTube 動画から、自動でショート動画の下書きとスクリーンショットを抽出できます。新しいコンテンツを制作するだけでなく、既存の動画素材を再編集することで課題にアプローチできるのです。
同社が過去に公開した YouTube 動画から、多くリプレイされた部分を自動で抽出。再生回数だけではなく、動画のシーンの内容も検出して考慮することで、カットの切れ目なども自然になります。Shorts Maker によって出来上がった素材を基に、最終的には人の手を加えながら仕上げました。
実際に縦型のショート動画として配信したところ、動画の完全視聴率は従来の 1.2 倍に改善。ショート動画の制作を効率化しながら、キャンペーンの広告効果の向上にも成功しました。
試行錯誤を繰り返して AI 活用の知見をためる
マーケティングのプランニングや広告クリエイティブの制作に AI を活用することは、まだ勇気のいることかもしれません。
しかし今回取り上げた事例を見ても、AI が概念ではなく社会実装へと移り変わっていることがわかると思います。早くから一歩を踏み出し、試行錯誤を繰り返すことで、AI 活用に関する知見がたまり、それに伴い効果も高まっていきます。
一方で今回の事例からは、AI がどれだけ進歩しようと、マーケターによる戦略的な意思決定が重要であることも見て取れます。AI に対して適切な指示や情報を提供すること、顧客インサイトに基づいてアイデアをブラッシュアップしたり意思決定を下したりすることは、変わらず重要な人間の役割なのです。