急激な変化に対して私たちは、「以前」「以降」と二分して考える傾向があります。しかし、方法や手段が変わっても、人々が生活に求める価値の根本は環境に合わせながら続いていくものです。
例えばスマートフォンのチャットアプリによるメッセージのやりとり。これは、最近 10 年ほどで若者を中心に広まった新しいコミュニケーション手段ですが、方法こそ異なれ 1990 年代の PHS でも行われていたことで、そもそも文字によるコミュニケーションとして考えれば有史以来から存在しています。
近年、利用者が増加しているスマートフォン向け音楽ストリーミングサービスも、根底にある「いろいろな音楽を制限なくいつも聴きたい」という願望は、半世紀前にヘッドホンステレオで音楽を聴いていた人たちと大きく変わらないでしょう。
今回の外出自粛の環境下で、仕事や買い物といった日常生活におけるさまざまな手段は、前例のない急激な変化を強いられました。一方で、同時に今まで当たり前のように見過ごしてきた「暮らしに存在する本質的な価値」があらわになる瞬間でもありました。
大切なことは、表層的な行動と意識の「変化」だけに目を向けるのではなく、それを呼び起こした「原動力」を理解すること。そうすることで、変化に直面し、それに順応する人々に寄り添う事業やサービスを構想したり、開発したりすることが可能になるでしょう。
新たな生活様式 5 つの特徴
今回は Google マーケットインサイトチームが 4 月に開始した「生活動向に関する週次調査(*1)」と、8 月に実施した「新たな行動様式と生活ニーズに関する調査(*2)」から明らかになった、新たな生活様式の 5 つの特徴を紹介します。人々の変化を呼び起こした「原動力=ホープ」は何なのかについて、データを基に考察します。
1:頼らないことで、安心感を得たい
従来、人は社会や企業、制度など確立されたものに頼って、留まっている方が「安心」を得られると考えるのが一般的でした。しかし外出自粛下においては、そうした確実だと思っていた社会、経済、セーフティーネットの不確実性が増大し、顕在化しました。
これまであって当たり前と思っていた基盤が揺らぎ、不確実性が高まったことで、自ら積極的に変化を起こすことで安心を得たいという考え方が増え、ワークスタイルも流動性を増しています。 有職者の 3 人に 1 人が副業に、5 人に 1 人が転職に興味をもつようになったという結果からも、意識の変化が読み取れるでしょう。これは 2011 年の東日本大震災という人知を超えた自然災害に直面し、自らにとって何が大切なのかを見つめ直したり、仕事に対する価値観が変化したりしたことで、転職者が増えた現象ともよく似ています。
自粛期間中には自分で計画を立てて行動を起こし、不安を解消しようとする動きも活発になってきたことが見て取れます。
スキルアップや自己投資の時間を増やしたいという人や、新しい習い事や資格取得の勉強を始めたいと思う人も多かったようです。実際 4 人に 1 人以上が料理・語学・資格・プログラミングなどの新しい知識やスキルの学習に取り組みました。
(*3)
また約半数の人は健康意識が高まったと回答。運動習慣や食生活を見直した人も多く、自分の健康を増進しようとする動きも盛んになっていることがわかりました。
緊急事態宣言の直後からこれまでの人々の気持ちの変化を見ても、「誰かに助けて欲しいと思う」は低下傾向に、自分で「前より良くしたい」という気持ちは増加傾向にあることがわかります。
このように、不確実性が高まった社会、経済に対して依存することに不安を感じている人が、他に頼らず自らの変化、行動、成長といった方法で安心を得ようとしていることが、調査結果から読み取れます。
2:隔てることで、つながりを保ちたい
今まで、「ソト」は「ウチ」から出ていく先でしたが、外出自粛下では「ソト」を「ウチ」に招くという転換が起きました。
仕事やプライベートのコミュニティは、それぞれ物理的に区別された空間、距離によって分かれていました。そのため、意識的にそれらを隔てる必要性はあまり感じていなかったと思います。
これまで仕事や飲み会、友人とのカフェでの談話など、普段は「ソト」の世界でコミュニティごとに分かれて行われていた交流が、外出自粛により「ウチ」に入り込む事態が発生しました。今回の調査結果では、在宅勤務をしたことがある人が 35.3%、オンライン会議を経験した人は 32.5%(*4)。また 3 月最終週から 4 月にかけて、「オンライン 飲み会」という検索キーワードが急上昇したように、オンライン上での交流なども見られました。
本来、自宅などのプライベートな空間は、自分の基礎となる安らぎを感じる「ウチ」の空間でした。それが、今まで外で行っていたさまざまな「ソト」との交流を家の中で完結せざるを得なくなり、それに窮屈さを感じている人が 23.7% にも上りました(*5)。
さらに「ソト」が入り込んできたことで、その反発として「ウチ」を「ソト」と区別したい、「ウチ」をより充実させたいと考えている人が増えていることは容易に想像ができるでしょう。
実際に、部屋の模様替えなどで自宅を快適に改善したいと思った人や、在宅勤務に適した家に住みたいと思うようになった人も一定数おり、「家の中で仕事のための部屋を分ける」「家を自分好みの場所に変える」ことで「ウチ」と「ソト」のボーダーラインの再設定を試みていると捉えられます。オンライン会議で、プライベートな空間が見られることを避けるために、バーチャル背景を設定することも、これとよく似た行為と言えるでしょう。
(*6)
この背景には、「ウチ」と「ソト」のボーダーラインや物理的な空間が、家族・友人・同僚といった異なる集団やコミュニティ内での自分の役割を規定し、それぞれの場に合わせて切り替える役割を担っていたことが伺えます。
それだけでなく、家族やパートナーと過ごす時間の大切さを改めて感じた人や、子供のためにさらに時間を使いたいと思った人が増えたことを見ると、家族やパートナーといった「ウチ」の集団に対する帰属意識を高め、自分のアイデンティティを再認識することにつながったとも考えられます。
「ソト」と「ウチ」という明確なボーダーラインがなくなったことにより、複数の関係性における異なる役割を同じ空間で担う必要性が生じました。その結果、人々は家族やパートナー、友人や同僚など、いろいろな社会集団との交わり方を工夫し、従来のつながりを保とうとしているのです。
3:ささいなことから、確実な幸せを得たい
幸せの追求の仕方にも変化が見られました。例えば好きな相手からプロポーズされた時や受験に合格した時など、非日常的で特別な時に人は強く「幸せだ」と感じるでしょう。そんな自分の努力だけでは得られず、周囲の環境にも左右される簡単には得難い幸せを「大きな幸せ」、より自分でコントロールできる幸福感、例えば 1 日の終わりに湯船に浸かった時に感じるような日常の中に見つける喜びを「小さな幸せ」とここでは定義して分析していきます。
現在のような先行きの不透明な状況では、周辺の環境の不確実性に大きく左右され「大きな幸せ」を感じることがさらに難しくなっています。それに反比例するようにそのような状況下でも喜びが得られることを再認識するために、手軽に取り組める活動や負担の少ない消費といった、自分の力で得られる「小さな幸せ」を求める行動が増えています。
約 3 分の 1 の人 が自由に使える時間が増えたと感じている(*7)という結果を踏まえ、人々が自由な時間をどのように使っているのかをさらに分析しました。
調査結果によると、好きなことをより充実させたいと思うようになった人は 45.1%、新たな楽しみや没頭できることを見つけた人(33.7%)や、以前やっていた趣味や楽しみを再開した人(23.4%)もいたようです(*8)。
(*9)
緊急事態宣言が出た 4 月 11 日〜 4 月 17 日週と比べて、無料動画配信サービスや音楽配信サービスを利用した人、PC でゲームをした人は増加した状態が継続しています。緊急事態宣言が出る前から外出自粛が求められていたことを考えると、この利用率の伸びの継続傾向は決して少ないものではありません。
自分でできる趣味や好きなことを楽しむのは、周囲の環境に左右されない日常的な「小さな幸せ」を得る方法。動画や音楽、ゲームの利用増は、そのようなことを裏付けていると言えるでしょう。
「小さな幸せ」を得るための異なるアプローチ、負担の少ない消費活動についてさらに見ていきます。
図:日用雑貨品(洗濯・掃除・キッチン・バス用品やトイレットペーパー等の紙製品など)購入時の利用チャネル(*10)
日用雑貨品の購入チャネルとして EC サイトを利用する割合も、緊急事態宣言が出た週と比較して10月10日〜10月16日に 136% と伸びており、依然として利用頻度が高いことがわかります。
興味深いのは、ドラッグストアや薬局、ホームセンターやディスカウントストアなど、オフラインでの購入も増加している点です。このような行動の裏側には、在宅時間増加に伴い DIY の需要が高まったという要素もありますが、店舗の空間自体を楽しみたい、商品を実際に手にとって自分が好きなものを選択したいといった、買い物体験自体を楽しみたいという気持ちがあることが推察できます。
それを裏付けるかのように EC サイトで商品を買うことにためらいがなくなった人は 31.3% に上りますが、EC サイトよりも店舗がいいと感じる人も 35.1% という結果が出ています(*11)。このデータからは、実店舗の利用が制限されたことで EC サイトの利用が増え、サイト利用の抵抗感が薄れた一方で、依然として店舗で買い物を楽しみたいと考えている人が多かったことがうかがえます。つまり、欲しいものを手に入れるだけが買い物の目的ではないということです。
また化粧品やコスメ購入時の利用チャネルの変化にも、実店舗における買い物のニーズが高まっていることが顕著に現れています。百貨店や大型ショッピングセンターで購入する人は、緊急事態宣言が解除されて以降も伸び続けているのです。
これは経済が危機的状況に陥ると、口紅のようなちょっとしたぜいたく品が売れる「リップスティック・エフェクト(口紅効果)」と似た現象と言えるでしょう。困難な状況に日々向き合っている自分へのささやかなご褒美という感覚が潜んでいることが推測できます。
昨今の状況は不確実性が高く、自分の意思や行動だけではなく外的な要因も重要な「大きな幸せ」を得ることは難しい状況です。そのような環境で、趣味に没頭したり、実店舗で自分の思うように好きなものを選んで購入したりすることは、小さくても確実な幸せを手に入れられる行動と言えるでしょう。身近な場所で、自分の力によって幸せをつかみとれることを再認識するための行動と言えそうです。
4:余計を減らして、余裕をもちたい
これまでは本当に必要なものか、必要な行動なのかを深く考えずに、念のため持っておく、やっておくことで、生活に余裕を持たせていた人も多いと思います。
外出自粛による生活様式の変化は、今まで当たり前だと思い、とってきた行動を改めて取捨選択する機会になりました。
まず参考にしたいのが、今後もオンライン会議を続けたいビジネスパーソンや、リモート授業を希望する大学生が多いという結果です。外出自粛中にオンライン会議を経験した人は 32.5%。また、そのうち 57.0% は今後もオンライン会議を継続したいと回答。オンライン会議のメリットについては、「移動の手間がない」、「無駄な会話が減った」などが挙がっています。
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(*13)
また大学生に対して、学校の授業形式に関する希望を質問したところ、オンライン授業を部分的に導入した新しいスタイルを希望する人は 53.3% いました。オンライン授業のメリットとしては、「都合のいい時間に受講できる」、「やる気のない生徒からの悪影響を受けない」、「自宅での学習習慣が身につく」、「授業に集中しやすい」などと答えています。
(*14)
(*15)
このように、当たり前と思われていた通勤や通学の時間がなくなる体験は、オフラインで人が集まって会議や授業をすることの必要性を見つめ直すきっかけになりました。さらにあまり深く考えずに前例に従ってきたことを本質的に考え直す機会にもなったようです。こうした仕事や勉強の当たり前に疑問を感じたことで、生活全般における行動を見直す動きも見られました。
例えば、自粛中に不要なものを売ったり捨てたりして手放した人や、自然に近い場所に住むのもいいと感じた人が多かったことも、そうした見直しの延長線上にあると言えるでしょう。
(*16)
使える時間や家などの空間は、限りがあるものです。自分にとっての価値や優先順位を見直して、不要なものを「なくす」「減らす」ことでこそ、余白や余裕が生まれます。
余分を持つことでの余裕から、余白を持つことでの余裕の気づきは、生活の選択肢を増やし、可能性を広げると同時に、変化に対応できる柔軟性を生み、安心につながるのでしょう。
5:「正しい情報」を追い続けることで、安全になりたい
インターネットやソーシャルメディアの発達により、メディア環境が激変し、誰もが情報発信できる社会に私たちは生きています。そのような情報の送り手と受け手の構造が再編され、情報量が爆発的に増加している今日の社会において、あふれる情報の中から「正しい情報」を見分けるための主体的な動きも出てきています。
「新型コロナウイルス感染症」に関連して知りたい情報があったという人は 82.4% に上りました。一方であふれる情報の中、55.9% の人が欲しい情報が見つけづらい状況に直面したと回答しています。これらの情報には、マスク・消毒液などの流通状況、検査キット・ワクチンなどの開発状況、生活圏・市町村別の感染状況といった自分の身を守るために必要な情報が含まれていました。
(*17)
こうした状況に陥ったことで、情報収集のための情報源を増やした人や、情報の正しさを自分で精査するようになった人も増えました。与えられるのではなく、正しい情報を自ら得ようという意識に変化したことがわかります。絶え間なく情報を探索、精査し、「正しい情報」を追求し続けることが、自分の安全を守ることにつながるのです。
情報収集で利用している情報源上位 10 項目(利用率)
(*18)
(*19)
実際、情報収集における満足度は緊急事態宣言直後に多少下がっており、時期によって上下はあるものの、全体の傾向として右肩上がりで推移していました。
(*20)
人々のニーズではなくホープを捉える
人とのつながり・自己成長・小さな幸せ・余裕をもつこと・「正しい情報」を追うことの重要さに気づき始めている今、ビジネスにおいてもこれらをどのように充足するか考えることは非常に大切です。
そのためには、ダイナミックに変化していく顕在化した「ニーズ=手段」だけでなく、それらの軸となっている「ホープ=原動力」にも注目する必要があります。
ここまで、今回強いられることになった行動や手段の変化に触れましたが、それらのなかには一度変化したものの従来の方法に戻ったものもありました。こうした点に目を向けることも、人々が本当に求めるものを考えるための示唆になるかもしれません。
会議を例にとると、それ自体を行うことではなく、目的は効率的な意見の交換・議論・合意・新しいアイデアの創出・参加者同士の交流などにあります。そのような目的を果たしたいという「ホープ」に対して、オンライン会議のあり方を考えていく必要があります。
人とのつながりが生み出すもの・フィジカルな体験・五感を刺激する価値を、オンラインとデジタルを活用して再現するだけではなく、新たな付加価値をどのように提供できるか、その体験によって「実はだいじ」な要素を犠牲にしていないかなどを見極めることも大切です。
人々は利便性や目的の達成だけを考えて手段を選んでいるわけではありません。これまで見てきたように、その手段を利用することで得られる、小さな幸せ・安心・心のゆとりといった定性的な価値も求めています。
つまり利用しやすさ・技術の革新性・低コスト化といった利便性と経済的な合理性による利点だけで代替するのではなく、従来の体験価値を越える方法を提供しなければ浸透は難しいということが言えます。
自粛生活や外出制限など、社会全体が協力する形で作り上げられた新たな生活は、まだ慣れないことも多いため、課題はあります。
しかし、自分の人生で大切なものは何なのか、それぞれが考えるきっかけになりました。これまで当たり前と捉えていたことが、実はだいじなことと気づいた人も多いと思います。
そういった人々が大切にしたいことの「気づき」は決して一時的なものではなく、これからの生活や考えに影響を及ぼすものです。それらを守るために、必要なことは何かを深く考えて、サービスや商品を作り上げること。それが、人々に寄り添った「ホープ=原動力」を叶えるビジネスの創出へとつながるでしょう。
Contributor:
データアーキテクト 常昱