
「リテールメディア」への注目は年々高まっています。リテールメディアは小売企業による販促のためのメディアやその仕組みを指しますが、注目を集めている理由の 1 つが、メーカーにとってのパラダイムシフトです。
従来、メーカーによるデータ分析の対象は、主にスモールデータでした。パネル調査や質問票での調査で生活者や購買行動について理解を深め、それを基にマーケティングの戦略や戦術を組み立てていました。
これ自体は非常に重要なことですが、リテールメディアを活用することで、ビッグデータを用いた分析が可能になり、ビジネスの成長につながります。
これまで、売り上げの上下動で確認していたマーケティング施策の成否も、オンラインのリテールメディアなら販売チャネル内の接触全数データが取得できるため、より解像度高く効果を計測し、意思決定に活かせるようになります。
リテールメディア事業への投資を加速させている企業として、楽天グループ株式会社があります。今回は、Google が楽天グループと共に開発したリテールメディアの広告メニューとその効果検証のデータに基づいて、リテールメディアを通じた販促活動でのポイントを解説します。
楽天も投資を加速、Google が提唱する「デジタルシェルフ」
楽天グループでは 70 以上の幅広い事業を展開しています。なかでも EC 事業は、流通取引総額が 6 兆円に上る主力事業であり、その中心を担っているのが「楽天市場」です。
楽天市場では現在、生活者が本当に欲しい商品を発見できるよう、リテールメディアへの投資を加速させています。
具体的には、生活者に対してより関連性の高い広告を表示することで、生活者が自分の購買に確信を持つことができ、購買体験を向上できるということです。これが結果的には、楽天市場に出品している企業のコンバージョンや売り上げ拡大にも直結します。
楽天市場のように、リテールメディアの中でも特に EC における顧客の購買体験の質を向上させようとする取り組みを、Google では「デジタルシェルフ」と呼んでいます。デジタル上に商品が並んだ画面を、棚(シェルフ)になぞらえた言い方です。このデジタルシェルフを最大限に活用することで、より生活者の実態に合わせた販促活動が可能になります。
楽天が強化する「EC 外販促」、Google との広告商品の開発も
デジタルシェルフは次の 3 つの要素で成り立っています。

なかでも「EC 外販促」は、実店舗にはない EC 特有の販促手法です。Google のショッピング広告などデジタル広告を通じて、EC サイトに訪れるよりも前に情報探索中の人に販促する手法を指します。
昨今、楽天市場もこの「EC 外販促」、つまり楽天市場外部の広告商品の開発に注力しています。同社の調査によると、楽天市場内の広告経由での購買者と、楽天市場外部の広告経由での購買者の重複は、わずか 4% でした(*1)。メーカーは、EC 内販促と EC 外販促を併用することで、広告のリーチを効果的に拡大できるのです。
そしてこの EC 外販促を強化する一環として、Google と楽天は共同で広告商品を開発しました。楽天市場では、出店企業向けに店舗運営システムを提供していますが、その管理画面から Google 広告を出稿できるようになったのです。
特に 2024 年 5 月からは、検索連動型広告-エクスパンション(以下、RPP-エクスパンション)というメニューで Google の「ショッピング広告」への出稿が可能になりました。
ショッピング広告は、画像とテキストのリッチな広告掲載ができることが強みです。Google による米国での調査によると、ショッピング広告に接触することで 25% 以上購買につながりやすいとの結果も出ており(*2)、商品イメージをビジュアルで訴求できるショッピング広告の有効性を確認できています。
RPP-エクスパンションの大きな特徴が、プライバシーに配慮して取得した楽天の購買データを、EC 外販促にも利用できることです。楽天の消費行動分析データを使った特定セグメントに対する配信を、Google 検索のユーザーに対しても適用できます。つまり、購買データを含む楽天のファーストパーティ データで、Google 広告の配信を最適化できるということです。
また、効果測定においても、売り上げや広告費用対効果(ROAS)などのパフォーマンスを EC 外販促の広告のみに絞って確認できるため、PDCA に活かせます。商品別、キャンペーン別で見られるのは、通常の販促手法と比較するとかなり高い解像度です。Google と楽天市場、両者の強みを発揮した広告メニューです。
デジタルシェルフの EC 外販促で売り上げを伸ばす 2 つのポイント
さて、Google と楽天市場では、実際にこの RPP-エクスパンションを利用して、どうすれば EC 外販促で大きな成果を得られるのか、分析を行いました。
44 の広告主を対象に、2023 年 9 月 〜 2024 年 2 月にかけて試験運用した結果から見えてきたインサイトを共有します(*3)。
インサイトの 1 つ目は、広告掲載アイテム数を増やすことで、売り上げが増加するということです。
下図の横軸が商品単価、縦軸が広告掲載のアイテムを 100 点追加した際の売り上げの増加を示しています。商品単価にかかわらず、掲載アイテム数が増えるほど売り上げが増加していることが見て取れます。

一般的に実店舗では、さまざまな顧客ニーズに応えるため、豊富な商品を取りそろえることが重要だと言われますが、デジタルシェルフでも同じことが言えます。
Google 広告のデータと楽天の購買データを組み合わせて分析した結果、対象のすべての広告主において、広告を見た人は最初にクリックした商品だけでなく、それ以外の関連商品も一緒に購入していることが明らかになりました。これは、EC 外販促上での広告掲載における商品のラインアップが、結果的に販売数の増加につながっていることを示しています。
広告の効果だけを追求すると、広告効率が良い商品や、単価が高い商品に投資を集中させたくなりますが、そうすると結果的に顧客が一緒に買う商品の選択肢が少なくなり、売り上げが下がってしまうのです。
インサイトの 2 つ目は、商品単価と広告の日予算のバランスが大事だということです。
下図の横軸は、広告の日予算と商品単価のバランス、縦軸は、日予算の増加に対する売り上げの増加率を示しています。
縦軸に 1 の線を引いていますが、これを上回っていれば、増額した広告予算以上に売り上げが還元されているということです。逆にこの線を下回っていれば、広告予算の増額に対して、売り上げが下回っていることを意味します。

今回の検証における結果を反映したのが下図です。
分析の結果、横軸に引いた 2 の線、つまり商品単価に対するキャンペーンあたりの日予算の比率を 2 倍に設定することが、売り上げを拡大し続けるための 1 つの基準として見えてきました。この「2 倍」という基準はあくまで今回の検証結果によるものなので、状況によって変動する可能性がありますが、いずれにせよ、単価が高い商品に対しても広告表示機会を逃さないために余裕を持った日予算の設定が重要だとわかります。

(*4)
より具体的に、「広告掲載アイテム数」「日予算と商品単価のバランス」の 2 つについて、ベストプラクティスに沿った場合とそうではない場合で、売り上げの推移を比較してみましょう。

ベストプラクティスを守った左の場合は、需要のピークである 12 月を過ぎても、広告経由の売り上げが伸び続けていることがわかります。
反対に右の例では、商品単価に対して日予算が 0.08、つまり 1 万円の商品に対して 800 円の日予算で、掲載アイテム数も途中から減っています。その結果、需要のピークを過ぎると広告経由の売り上げが大きく減少してしまっていることがわかるでしょう。
まずは商品単価の 2 倍を目安とした潤沢な日予算を設定し、その広告効率を見ながら、売り上げの伸びとともに徐々に予算を増やしていくアプローチが良いでしょう。
ここでのポイントは、需要の時期を超えても売り上げを保てているかどうか、です。デジタルシェルフ販促を継続的に活用することで、需要の高まっている時期が過ぎても広告を露出させることができ、売り上げを保ちつつ、企業の認知や好意度の獲得機会が生まれます。
そうではない場合、需要が低い時期になると、広告表示の機会を逃して存在感がなくなってしまうため、中長期で見ると売り上げに顕著な差が生じるのです。
今後に向けて、楽天グループでは RPP-エクスパンションの拡大を図ると同時に、真に統合的なリテールメディアへの成長も模索しているといいます。その 1 つが、サービス全体を横断した楽天 ID などのデータ活用です。これにより、楽天市場に限らず、実店舗での売上拡大へとさらなる可能性が広がります。
今回の検証で見えたインサイトを踏まえながら、Google としても広告領域での強みを活かしながら、引き続きデジタルシェルフにおける EC 外販促の強化を起点に、メーカーの支援を続けていきます。
Contributor:今泉 涼二(YouTube 広告 マーケティングマネージャー)/矢口 拓(広告ソリューション アーキテクト)