
「リテールメディア」は、ここ数年で業界関係者を中心に注目を集めるようになりました。
一般的にリテールメディアは、小売企業が展開する販促のためのメディアやその仕組みを指します。小売企業が持つ顧客の購買データなどを広告配信に活用できるのが特徴です。
Think with Google でも過去に、イオンリテール株式会社の「イオンAD」や株式会社マツキヨココカラ&カンパニーの「Matsukiyo Ads」など、実店舗での売り上げ拡大に寄与した事例を取り上げてきました。ここ数年で、具体的な事例とともにリテールメディアへの注目度はますます高まっています。
一方で、リテールメディアの本当の価値は、まだまだ見過ごされているように感じます。
リテールメディアに対する誤解
リテールメディアに対して、関係者の間でもまだ共通認識が得られていないのが現状です。リテールメディアについて、「店頭のデジタルサイネージ」あるいは「EC サイト内のバナー広告」など、実店舗か EC のどちらか片方だけのメディアだと誤解しているケースも多く見られます。
これでは、リテールメディアの本当の価値を理解することは難しく、投資に踏み切ることもできないでしょう。
リテールメディアは、単に商品の露出を増やせるだけではありません。リテールメディアで得られたデータと小売店が持つ顧客の購買データを組み合わせることで生活者の購買行動の全体像を可視化し、メーカーと小売が協働して、最適な情報発信が可能になります。実店舗、EC を問わず、顧客接点全体でより価値を届けられるようになるのです。
リテールメディアを通じてメーカーが生活者へ提供すべき価値とは——購買行動の変容から考える
リテールメディアの真価を正しく理解するためには、近年の生活者の購買行動の変化を捉えることが重要です。
Google では、継続的な調査を通じて、人々の情報探索や購買行動の変化を追ってきました。その 1 つが 2018 年に発表した「パルス消費」です。スマホと EC の浸透を背景に、より直感的(パルス)な購買行動が増えていることを指摘しました。
このように購買行動が変わる中でも、変わらないのは買い物で人々が目指すゴールです。いつの時代も、買い物では「自分にとって最善の選択をすること」を求めています。そのため生活者たちは、直感的な自分の選択が本当に最善なのか、自分の選択に確信を持ちたいと考えるようになっています。これについては、「肯定度」という概念を用いながら、2022 年の記事で取り上げました。
企業に今求められているのは、人々が自分の商品選択に確信が持てるよう支援をすることです。そこで鍵になるのが、個々人の購買行動に寄り添いながら、根本的な望みに応える情報を提供することです。実店舗、EC サイトに無数の商品がある中で自社商品を選んでもらうためには、メーカーもその人の好みや価値観、ライフスタイルなどに合った情報を提供する重要性が増しています。
こうした情報を提供することで、生活者の商品選択は変わります。Google が実施した調査(*1)では、対象者に 2 つのブランドを提示しました。1 つはその人が最も好きなブランド、もう 1 つは価格などの条件をそろえた 2 番目に好きなブランドです。与える情報に差がない場合、当然多くの人は前者を選びます。
しかし、最も好きなブランドがマス向けの一般的な情報しか提示していないのに対して、2 番目に好きなブランドがその人の好みや価値観、ライフスタイルなどに合った、根本的な望みに応える情報を提示した場合、後者を選ぶ確率が 1.5 倍 〜 2.5 倍になりました。また最も好きなブランドと架空のブランドとを比較した場合でも、同様の傾向が見られたのです。
だからこそ、リテールメディアを通じて、店舗、EC を問わず顧客の購買行動全体に寄り添い、期待に応える情報を提供することが大切なのです。
EC 領域からリテールメディアに投資すべき理由
リテールメディアは実店舗、EC の双方を含む販促の仕組みですが、メーカーがこれから真剣な投資を考えるなら、まずは EC 領域が適しています。実店舗と比べて、リテールメディアに必要な基盤がすでに整っているためです。
実店舗で顧客の購買データを取得するには、ID-POS データとの連係など追加のシステムがあらかじめ整備されていることが前提で、小売企業側の事情に依存しています。一方、EC であれば、顧客データを取得、活用する基盤がすでに EC サイト内に内包されているため、追加の投資や調整を最小限に抑えられます。また、データの活用基盤が整っているということは、AI を用いた広告配信の最適化やパーソナライズ化も進めやすいということです。
EC を起点にリテールメディアに投資をすることで、EC はもちろん、そこで蓄積したデータや経験を基に、最終的には EC と実店舗双方における購買体験の質と売り上げの向上にも寄与できるのです。
「デジタルシェルフ」活用で、確信の持てる購買体験提供を
こうした EC とリテールメディアの掛け合わせも含めて、EC における顧客の購買体験の質を向上させようとする取り組みを、Google では「デジタルシェルフ」と呼んでいます。デジタル上に商品が並んだ画面を、棚(シェルフ)になぞらえた呼び方です。
このデジタルシェルフをフル活用することで、生活者の実態に合わせた販促活動が可能になります。
デジタルシェルフを構成するのは、「EC 配荷」「EC 内販促」「EC 外販促」の 3 つの要素です。

「EC 配荷」とは、小売企業の EC サイト上に、自社商品を網羅的に掲載し、顧客が店頭では見つけにくいような商品も検索、購入できる状態を担保することです。実店舗であれば、棚に商品を陳列することを指しますが、デジタルの場合、そのスペースに限りがないのが大きな違いです。
2 つ目の「EC 内販促」は、EC サイト内の上位に商品を表示したり目立たせたりすることで、顕在化した生活者のニーズを捉える手法です。実店舗で言えば、入口やレジ付近の催事コーナーなど手に取りやすい場所に商品を置くことにあたります。
そして 3 つ目が「EC 外販促」です。これは、EC サイトに訪れるよりも前に、デジタル広告を通じて、情報探索中の人に対して自社製品を販促する手法です。いわば、顧客が商品を欲しがりそうなその瞬間に突然目の前に棚が現れるようなもので、実店舗には相当する機能がありません。EC 特有の販促方法である「EC 外販促」は、デジタルシェルフの力を発揮させるために特に重要です。
EC 外販促について、より具体的にイメージしやすいように、Google のサービスを例に挙げます。
EC 外販促の手法の 1 つとして、Google 広告のショッパブルフォーマットの活用が挙げられます。たとえば、検索結果の画面に表示する「ショッピング広告」は、生活者が商品名や商品カテゴリを検索した場合、検索キーワードと連動して自動で関連性の高い商品広告を表示します。また、商品フィードを活用した「デマンド ジェネレーション キャンペーン」経由では、YouTube で商品レビューなどの動画を視聴している際に、ユーザーの好みに合わせた商品情報を掲載して購入を促すことができます。
さらに、小売データと Google のあらゆるサービスを通じて、プライバシーに配慮して取得した生活者のオンライン上での行動データを AI に学習させることで、広告の配信精度は飛躍的に高まり、生活者 1 人 1 人に最適な情報の提供が可能になります。
デジタルシェルフへの投資で変わる、メーカーと小売の関係
デジタルシェルフに注力することで、メーカーと小売企業の協業においてもさらなる可能性が広がります。

従来、広告・販促活動においてメーカーと小売企業は分業していました。メーカーは主に来店前の商品認知や興味喚起を、小売企業は来店後に店頭で商品を購入してもらうための販促活動を担ってきました。
しかしデジタルシェルフによって、今後は、メーカー側も配荷後の広告パフォーマンスをモニタリングし、顧客インサイトに基づいて仮説を立て、実施する施策の優先度や予算配分へ反映できるようになります。メーカーも、小売店と共同で、データドリブンな販促サイクルを回していけるようになるのです。
デジタルシェルフの取り組みで得られたデータや知見は、メーカーと小売企業の双方に蓄積されていくため、両者の関係はさらに強化され、 実店舗側のリテールメディア活用にも貢献します。
2025 年以降も、実店舗の小売データを活用したマーケティングの高度化について、Google としてもさまざまな形で、取り組みを進めていく予定です。
デジタルシェルフから始める、リテールメディア戦略
デジタルシェルフで得られたデータを活用することで、メーカー自ら、より網羅的に生活者の購買行動に寄り添えるようになります。実店舗の来店を待たずとも能動的に販促が行えるようになるため、売り上げの拡大や新規顧客の増加も見込めます。
また、小売企業が持つ顧客の購買データや購買履歴を活用することで、見込み顧客とのマッチング精度が向上し、購入確率やブランドロイヤルティを高めることもできるでしょう。デジタルシェルフを通じて蓄積したデータは、実店舗側のリテールメディアにも活用できます。オンラインとオフラインを横断して、相乗効果を生み出せるのです。
このようにリテールメディアの真価は、EC と実店舗を問わず、顧客接点全体で購買体験の質を高めることにあります。
そのための第一歩として、デジタルシェルフの取り組みから始めてみてはいかがでしょうか。デジタルシェルフを通じて、メーカーと小売企業がより良い協業関係を構築することが、さらなる顧客体験の創造につながっていきます。