マーケティングの投資対効果(ROI)やビジネス成果に対する説明責任が増すと、認知や検討を高める施策よりも、直接的に売り上げへの貢献を説明しやすいコンバージョン(CV)の獲得施策への比重が高まる傾向にあります。
ただし、そうした獲得施策に偏り過ぎてしまうと、新規の顧客層を開拓できずに長期的には先細りしてしまうリスクもあるでしょう。
また、個人情報保護法の改正やサードパーティー Cookie などの識別子の段階的な廃止が進み、広告効率や計測環境が変化。過去の実績との単純な比較も難しくなるなど、ユーザー獲得の効率悪化はマーケターの悩みの種になっています。
こうした変化を見越して、CV の「獲得施策」ではなく、ブランドを認知している人に対して検討を促す「検討施策」の可能性を模索する企業も増えてきています。
しかしそこで問題になるのが、KPI と評価手法です。
獲得施策のみから抜け出せないジレンマ
検討施策の KPI としては、サーベイで想起集合の割合を測定したり、指名検索やサイト訪問の数をログベースで測定したりといった方法が考えられます。ただしこれらの指標では、計測ツール上の CV で評価する獲得施策と横並びで比較できません。検討施策に対してどれくらいの予算を配分すればより ROI 向上やビジネス成果につながるのか判断できないのです。
そうなると、計測ツール上の CV で比較せざるを得ず、結果的に「検討施策は獲得施策と比べてビジネス成果への貢献が低い」と判断され、統合されたメディアプランニングに加えづらいといった問題が発生してしまいます。
こうした状況から抜け出して勇気を持って検討施策に踏み出すために何ができるでしょうか。適切な KPI や評価手法を持って踏み切った、パーソルキャリア株式会社の求人サービス「doda(デューダ)」の事例を紹介します。
検討施策の KPI、効果測定をどうする? doda の事例
doda のビジネスモデルでは、最終的なビジネス成果に直結するのは転職の決定数です。そのための KPI がユーザーの新規登録(CV)です。
前述したサードパーティ Cookie の段階的廃止に加え、コロナ禍からの回復に伴い競争環境が激しくなってきたことなどから、doda としてもユーザーの新規登録数を KPI とした施策の効率悪化が予想できていました。そこで、マイナス分を検討施策への投資で穴埋めできないかと考えたのです。
検討施策として同社が活用したのが、YouTube 広告の「動画アクション キャンペーン(VAC)」です。転職の意向がある潜在顧客層と接点を持つための施策として期待しました。
ただし、CV 獲得前のアシスト効果を可視化できない既存の計測ツールだけでは、VAC が生活者に与えるすべての影響を加味することができず、広告効果が過小評価されて見えてしまいます。広告接触者のその後の行動を測定できる「コンバージョンリフト測定」ではアシスト効果は可視化できますが、どの獲得施策にどれだけ貢献したかまでは確認できないため、不十分です。
そこで doda が採用したのが、Google が開発した統計分析手法の「CausalImpact」(コーザルインパクト)でした(*1)。
「CausalImpact」で効果測定、ビジネス成果への貢献度で施策を評価
CausalImpact では、広告施策が KPI に与える因果的影響を時系列から推定します。
CausalImpact を実施するためには、以下のような条件をそろえる必要があります。
- 過去 100 時点程度の時系列データがある
- 介入を行うテストグループとコントロールグループの時系列データの上下動の波形が似ている
- 介入前後でコントロールグループの数値が決まる背景、要素が変わらない
今回は、広告間の相乗効果を考慮するために、認知施策を実施している地域の中からテストグループを選定。その地域と似た波形のコントロールグループを無作為に抽出することで、配信対象のばらつきによるバイアスを避けました。
CausalImpact による検証の結果、まず VAC は検索広告や自然検索、アプリといった獲得施策による獲得数の 5% の純増に貢献していることが確認できました。また検討施策を実施した地域では、実施しなかった地域と比べて CV の獲得効率も向上。施策間の相乗効果が確認できました。
VAC への接触後に増分が確認できるまでには数日のタイムラグがあり、施策終了後も数週間にわたって残存効果が確認できました。残存期間を含めた増分の顧客獲得単価(CPA)は獲得施策の 2 倍弱と、これだけを見れば数字は悪化しました。ただし、ビジネス成果への貢献という大きな視点で見れば、そこにつながる CV を獲得できたことが重要です。
このように、検討施策である VAC の最終的なビジネス成果に対する貢献が数値で明らかになり、また複数回の検証を通じて適切な予算の投資量も確認できました。これにより doda は、データに基づいて検討施策の予算を決定することができるようになったのです。
パーソルキャリアの赤城 冴俊氏(プロダクト&マーケティング事業本部 カスタマーP&M本部 マーケティング統括部 ブランドコミュニケーション部 デジタルマーケティンググループ)は、「doda として、予算内での広告の出稿量が限界を迎えつつある中で、ユーザーを拡大するためには獲得施策だけに頼らない新しい施策が必要でした。検討施策として VAC を試し、それを単独で評価するのではなく、獲得施策へのアシスト効果やビジネス貢献をデータで可視化できたことは非常に重要でした。現在は展開エリアを拡大して、継続的に検証を進めています」と話します。
マーケティング効果を、走りながら「みつめる」には
Google Japan では 2023年に、Google AI をマーケティングに活かす指針として「グロース・トライアングル」というフレームワークを発表しました。
ビジネス目標とマーケティング活動との関係性をデータを基に整理し、組織のサイロを超えて共通理解をもつこと(そろえる)、データと Google AI を動かし続けて効果的に顧客基盤を拡大すること(すすめる)、効果測定を通じて適切なマーケティング投資につなげること(みつめる)の 3 つの要素から成ります。
今回の doda の取り組みは、まさにこの「みつめる」のポイントを押さえた実例です。
doda の施策が成果を上げられたポイントをさらに詳しく見ていくと、次の 2 点が挙げられます。
1 つは、ビジネス目標(売り上げ)に対して最も大きな影響を与える要因(転職の決定数)を見極め、それに即した適切な KPI(新規登録の CV 数)を設定したことです。競争環境の激化やプライバシー規制といった環境の中で、従来の獲得施策に依存せず、ビジネス成果への貢献という視点から、獲得施策へのアシストを含めた検討施策の効果を見直そうと挑戦しました。
そして 2 つ目は、その効果を正当に評価できる手法を選んだことです。 CausalImpact を活用し、仮説の立案と検証のループを回すことで、アシスト効果を再現性ある形で数値化することに成功しました。
限られたマーケティング予算の中で、効率的かつ効果的にビジネスを成長させるためには、doda のように、走り続けながら多角的な視点で「みつめる」ことが重要です。
こうした効果測定の具体的なポイントについては、以下の記事でも詳しく解説しているので、合わせて確認してみてください。
ある CMO の物語:急変するビジネス環境で、意思決定を誤らないための 4 つのポイント - Think with Google
ある CMO の物語:正しい目的地に向けて 3 つの視点で検証サイクルを回す —— 鳥の目、虫の目、魚の目とは - Think with Google
Contributor:本多 隆虎(ビジネスインテリジェンス担当 アナリティカル コンサルタント)