ビジネスにおいて正しい意思決定を下すには、マーケティング効果を正しく測定することが欠かせません。しかし精緻な効果測定には、さまざまなハードルがあります。
たとえばメディアを横断して効果を測れるか、いかにタイムリーに効果を反映できるか、あるいは目標となるビジネス指標に最適化して効果を検証できるか。こうした課題に対して企業は常に試行錯誤を続けてきました。
そうした中で、生活者のプライバシー意識の高まりに伴い、効果測定に関する新たな課題が浮き彫りになってきました。
2018 年の GDPR(EU 一般データ保護規則)や、2020 年の CCPA(米カリフォルニア州消費者プライバシー法)に見られるように、生活者のプライバシーを保護する動きは世界的に高まり続けています。業界として、段階的なサードパーティ Cookie の廃止を発表しました。これにより、企業は従来の効果測定のあり方から、よりプライバシーへ配慮した方法へと転換が求められるようになったのです。
これまでのやり方では、投資対効果を正確に測定して質の高い意思決定ができなくなるため、頭を悩ませている企業も多いでしょう。こうした課題に対して、どのようにアプローチすべきでしょうか。
広告の費用対効果が悪化、ある CMO の悩み
今回は架空の物語に沿って、企業が適切な意思決定をするための効果測定について考えてみたいと思います。
なお、以下の内容はあくまで架空の話ですが、Google の広告領域の費用対効果を分析する担当者が、日本国内の数多くのクライアントと共に取り組んできた実際の広告効果測定プロジェクトからの示唆に基づいています。
あるところに、創業 10 年で全国 200 店舗に拡大したアパレル企業がありました。主に都市圏の 30 代向けに、手頃な価格でカジュアルな衣服や小物を販売。EC も展開しており、スマートフォンからの売り上げが EC 売り上げの 8 割を占めています。
急激な事業拡大に伴い、従業員数も 3,000 人を超えました。検索広告や動画広告、SNS 広告、テレビ CM に至るまで、さまざまな媒体で広告を配信しています。
この企業の CMO であるミン氏を悩ませているのは、広告の費用対効果の悪化です。特にアプリ広告は以前の 10 分の 1 にまで費用対効果が悪化していました。要因はサードパーティ Cookie の取得制限など、昨今の潮流を踏まえた技術的な環境の変化によるものでした。CEO からは「今期の利益目標は必達」と言われている中、対策が見つかっていないミン氏は焦っていました。
このアパレル企業では、四半期ごとの会議で広告の振り返りをしています。ミン氏は会議の場で各媒体のレポートを確認した後、デジタル広告の目標コンバージョン単価(CPA) の引き下げを決定しました。数値が悪化した要因は技術的な環境変化によるものだとわかってはいたものの、手立てが見つからないため、効果測定のツール上で効率が良い施策に予算を寄せるしかないと判断したのです。テレビ CM については効率が悪化しているとは思えませんでしたが、一方で売り上げへの貢献は計測できておらず実際の効果はわからなかったため、店舗の売り上げを維持するために、いったん予算を据え置きました。
こうした決断を受け、EC を統括するデジタルプロモーション部は、広告代理店に対して運用型広告の目標 CPA の引き下げを依頼しました。しかし、自分たちだけが厳しい目標を追わされ、テレビ CM を担う広告宣伝部のコスト効率には一切お咎めがないことに、不信感を覚える社員も多く、社内に不穏な空気が流れていました。
そして結果的に、この施策は裏目に出ました。好調を維持していた EC の売り上げは減少し、店舗の売り上げも振るわなかったのです。
その意思決定は正しかったのか?
さてミン氏の意思決定は、どこに問題があったのでしょうか?
売り上げや利益拡大と効率維持との相克、効率優先によるトップラインの低下、デジタルとオフラインを横断した効果が見えない ——。ミン氏が置かれている状況は、まさに現在、多くのマーケティング責任者やそれに準ずる皆さんが頭を悩ませているものではないでしょうか。
既存のレポートで効果の高い施策に予算を配分することは、効率性の観点から有効な判断だと見なされています。しかしデジタル広告は、多くの媒体やメニューを組み合わせることが多く、効果の測定も複雑です。計測しやすい表面的な結果だけを見ると、本当の効果を見誤ってしまうこともあります。
またテレビ CM などオフライン広告の場合、効果測定はできても、それが事業成長にどれくらい貢献しているかを測定することは困難です。広告に接触した人が商品を購入するまでの過程を追ったり、デジタル広告のように広告接触とコンバージョンを結びつけたりといった正確な計測がしにくいためです。
このように広告の効果や効率性を適切に測定できていないと、誤った意思決定につながる可能性があります。
目的地から逆算せよ、「3 つの目」で見る広告効果
では、より良い効果測定のためにどのような視点が必要なのでしょうか。再びミン氏の物語に話を戻します。ミン氏のもとに誰かが訪ねてきたようです。
声をかけてきたのは、旧知の仲であるヨシダ氏でした。彼は堅調に利益を上げている食品メーカーの CMO です。
ミン氏がヨシダ氏に悩みを打ち明けるとヨシダ氏はこう言いました。
「それは意思決定に必要な『視点』が足りないせいですね。管理画面の数字を追うだけではいけません。『鳥の目』『虫の目』『魚の目』の 3 つの組み合わせが必要なのです。これらを行き来しながら複眼的に考えられるようになると、より立体的な意思決定ができるようになっていきます」
ヨシダ氏は 3 つの視点を次のように説明してくれました。
- 鳥の目で俯瞰する:広告効果を横並びで計測および評価して、全体の広告投資配分の判断に活用するマクロ視点
- 虫の目で精査する:個々の広告施策の正当な広告効果を高いエビデンスレベルで把握するミクロ視点
- 魚の目で流れを捉える:ユーザー動向とそれに伴う広告効果の変化を察知して最適化するフロー視点
「そして何よりも大切なのは 2、3 年後の状態から、目標を逆算することです。目的地がずれていたら、どんな視点を持っても一向にゴールには到着できません。私の場合は中期経営計画から逆算して、ブランディング用の予算も別で取っていますよ」
ヨシダ氏の話に納得したミン氏は翌週、広告の効果測定を抜本的に見直す社内プロジェクトを立ち上げました。
意思決定の誤り、4 つの要因
さてここで、ミン氏も陥った広告の効果測定で起きがちな意思決定のミスについて、考えてみましょう。
ミスは、4 つに大別できます。「目標設定の誤り」「全体視点の欠落」「因果性の弱い広告施策への投資」「フィードバックと最適化の遅延」です。
1:目標設定の誤り
広告の効果測定においては、活用する広告手法(メディア)ごとにコンバージョンや態度変容の指標を KPI として設定するケースが一般的です。ただしその際、マーケット状況を示す指標が変化していないか注意しなければいけません。
たとえば新興ブランドの事業初期の場合、KGI(キー・ゴール・インジケーター。企業にとっての重要目標達成指標)を「シェア拡大」に置くなら、最も重要な KPI(キー・パフォーマンス・インジケーター。各業務の具体的な目標設定)はブランドの認知度や新規顧客数だと言えるでしょう。ただしこれらの数値は、ブランドが市場に浸透すれば頭打ちになります。
ミン氏は、事業の拡大期に設定した KPI を、状況が変わった後もそのまま追い続けてしまったことで、判断を誤った可能性があります。リテール業界なので F2 転換率(2 回目の購入をした顧客の割合)などを KPI として設定するのが良かったかもしれません。
2:全体最適視点の欠落
個別の施策を改善しても、事業にとってインパクトの小さい部分ばかりの対処では大きな成果が得られません。複数の施策の効果や効率を役割ごとに評価し、予算を最適に配分することは、事業成長にとって極めて重要です。
デジタル広告の場合には、複数の広告接触を考慮したアトリビューション評価も可能ですが、どのアトリビューションモデルを採用するかによって、レポート上の各広告施策の効果や効率は異なります。またユーザーのプライバシーに配慮したデジタル広告エコシステムにおいては、Cookie や広告デバイス ID による広告接触とユーザー行動のマッチ率が以前よりも低下することが想定できます。そのため、特に量的な観点での適切な評価をどのように確立するかも課題です。
さらに、広告施策がデジタルとオフラインの両方を横断している場合には、生活者の広告接触と行動のすべてを 1 対 1 で結び付けられないため、適切な意思決定材料を集めることはより困難です。
ミン氏も、計測が容易であったり、一般的とされていたりする指標で各メディアの施策をバラバラに評価し、全体最適の視点を意識していなかったために、施策に偏りが生じてしまったのかもしれません。すべての施策を素早く横並びで評価することは難しいので、デジタル広告だけでも中間接触を加味した方法で評価できれば偏りを防げた可能性があります。
3:因果性の弱い広告施策への投資
広告施策の効果や効率を正しく計測することは大切ですが、レポート上の数字に現れているのはあくまでも生活者の行動の一部だと考える必要があります。レポートの数字を過度に重視してしまうと、「コンバージョンに至りやすいユーザーに向けた広告施策ほど評価が高まり、これからブランドを知り検討し始めるであろうユーザーに対する広告施策は評価が低くなる」といったバイアスが生じがちです。ブランド好意度などの態度変容指標を見る際にも、広告による因果関係がどこまであったかを評価するのは難しい部分があります。
ミン氏のケースも、目標 CPA を引き下げてしまったことでコンバージョンする可能性の高いユーザーに向けた広告に偏り、新たにブランドを知り商品の購入を検討してくれたはずのユーザーを逃してしまったとも考えられるのではないでしょうか。どんなユーザーに向けた施策なのかを意識した上で指標を評価できれば、さらなる商品の購入を促せたかもしれません。
4:フィードバックと最適化の遅延
デジタル広告はもちろん、現在ではテレビ CM でも比較的早くに指標の変化を確認できます。それをもとに広告の設定を最適化しますが、KPI の変化の確認が遅いと判断も遅くなり、市場の変化に取り残されるのです。
ミン氏の会社では、レビューの頻度が四半期に一度でした。レビューの頻度を上げてマーケットの近況を把握できれば機会損失を減らせたかもしれません。
“ 魔法の杖 ” はないけれど
それでは、どうすればこのような意思決定の誤りに陥ることなく、適切な広告投資を実現できるのでしょうか?
残念ながら「こうすればすべてが解決できる」というような “ 魔法の杖 ” は存在しませんが、以前ならば理想論で終わっていたことも、テクノロジーの進化に伴い、効果測定の手法が成熟したことで実現できるようになりました。目的に応じて適切に広告効果を測定し、これまで見えていなかった情報を明らかにして「より良い」意思決定につなぐことができるようになっています。効果測定手法の中には、統計学やデータサイエンス、プログラミングのスキルが必要なものもあり、従来は専門知識をもつ人材を採用するか外部の企業に頼る必要がありました。ですが、現在はオープンソースでの情報などを活用することで、事業部門やマーケティング部門でも十分に実践できる手法もあります。
次回は、ミン氏が立ち上げた社内プロジェクトの取り組みを通じて、より具体的な実践方法を考えていきましょう。
Contributor:ミン グエン コンシューマー&マーケットインサイト・マーケティングリサーチマネージャー