インフレの長期化など、世界的に景況の不安定が続く中で、マーケティングにおける投資対効果(ROI)への関心が高まっています。
特にデジタル広告の効果測定に関しては、課題も浮き彫りになっています。日本では個人情報保護法の改正により、企業が Cookie を第三者に提供する際に考慮すべきポイントが増えました。そして業界的にも、サードパーティ Cookie の段階的な廃止が進む見通しです。それに伴ってコンバージョン計測やアトリビューション分析にも、新たな形での検証が求められています。
また、サードパーティ Cookie などを用いた「ログデータベース」での効果測定の代わりとして、インタビューやアンケートを通じた「アスキングベース」での測定もありますが、回答者の記憶に頼った方法なのでバイアスの影響を受けやすくなります。
そこで、個別のユーザーに関する情報を用いず、プライバシーに配慮しながらも適切に ROI を測定できる手法として今改めて注目を集めているのが、MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)です。
MMM は、広告や売り上げなどマーケティングに関連するデータを時系列で蓄積し、統計学を使って分析する手法です。マーケティング施策の有無でデータを比較し、その施策の貢献度を明らかにできます。
ニーズが高まる MMM、ただし適切な理解がないと意思決定を誤るリスクも
MMM の特徴は、サードパーティ Cookie など個別のユーザーに関する情報を用いずに分析する手法だということです。広告出稿量や費用などのマーケティングデータと、申込数や販売数、売り上げなどの自社の実績データがあれば分析できます。
また自社のマーケティングデータだけではなく、競合の動向や季節要因、トレンド変数といった外部要因を含めて分析できるのも利点の 1 つです。
さらに MMM では、あるメディアのマーケティング目標(売り上げなど)に対する貢献度を測定する際に、影響していると考えられるテレビ CM やデジタル広告など複数のメディア間の相互作用も考慮します。その上で投資効果を可視化できるのです。
1950 年代にはすでに開発されていた MMM ですが、前述の情勢にも関連して再び世界的に注目を集めています。国内でもニーズが高まっており、分析支援のサービスが付帯した安価、簡易なソリューションも増え、認知が広がりつつあります。
しかし、MMM を使いこなすには正しい理解が欠かせません。ひと口に MMM といっても、そのモデルの作成方法は、提供するソリューションによってさまざまです。場合によってはモデルの前提や詳細がブラックボックス化していて、マーケターが情報を確認できないこともあります。前提を理解せず、自社のビジネスとの適合性も検証せずに MMM のモデルを選定してしまうと、投資判断を誤るという大きなリスクもあるのです。
Google では、こうした MMM のリスクを確認するため、博報堂DYグループ、電通グループ(電通、電通デジタル)と協力して、その精度や有効性を検証しました。
自社の実態に即さないモデルでは、数倍の誤差を確認
分析にあたっては、博報堂DYグループと電通グループがそれぞれ独自に、複数のモデルを比較検討しました。
博報堂DYグループでは、長年提供してきた MMM サービス「Analytics AaaS」の知見を活かし、販売チャネルの類型(オンライン、オフライン、ハイブリッドなど)ごとに疑似的なシミュレーションを生成。そのシミュレーションデータに対して複数のモデルを適用し、実績値とモデルによる推定値を比較しました。その結果、自社のマーケティング実態に即していないモデルを選んだ場合、メディアの貢献に関する推定値に、数倍の推定誤差が生じることが確認できました。
また電通グループでは、Google 検索の他の要因(季節性による変動や他のメディア投資)との連動に着目。広告アカウントの構造や広告運用のアプローチを理解して MMM のモデリングに活かす大切さを、調査から明らかにしました。
このように、自社のマーケティング活動や生活者の情報探索、購買実態に即したモデルを適用しないと、効果を正しく把握できず、誤った投資配分や、結果的には売り上げにも影響を及ぼしかねません。
MMM を正しく活用するには? 自社運用、外部委託それぞれの留意点
では、MMM を活用して適切な投資判断につなげるためには、どのような点に注意すれば良いでしょうか。以下では、「自社で MMM のモデルを作成して運用する場合」と「プロバイダーに委託する場合」に分けて解説します。
自社で MMM のモデルを作成、運用する場合
モデルの作成から運用まで自社で行う場合、まずは企業、事業、ブランドのどのレイヤーで成果を測るかを決めましょう。誰がどのような目的で MMM の分析結果を活用するかによって、収集すべきデータや構築すべきモデルは異なります。社内のステークホルダーの見極めと MMM が答えるべき質問、およびそれに答えるためのモデルの定義が必要です。
また、顧客の情報探索や購買行動、自社のマーケティング活動における顧客とのタッチポイントに合わせて、開発すべきモデルは変わってきます。EC 上で完結するビジネスモデルと、実店舗での購買チャネルがある場合とでは、当然カスタマージャーニーも変わるため、それを考慮せずに均質化されたモデルを活用しても、正確な測定はできません。
その上で、データの収集から、クレンジング、モデル構造の検討、モデル構築といったプロセスを経て、検証の工程に入ります。博報堂DYグループ、電通グループと作成したガイドブックでは、検証の工程で考慮すべき基本的なポイントをまとめました。MMM に関するすべての問題を解決するわけではありませんが、検証を始める際の着眼点になるでしょう。
実務としては、データサイエンティストが検証を担当すると思いますが、MMM には幅広い知識が必要になるので、その点には注意が必要です。機械学習の分野だけではなく、統計学や計量経済学といった幅広い知識に通じた人材を社内外から適切にアサインして、モデル構造を評価してもらうようにしましょう。
MMM のソリューションプロバイダーに委託する場合
モデル作成から運用までを外部のプロバイダーに委託する場合、まずはそのプロバイダーのモデルが自社の実態に適しているかを判断する必要があります。
たとえば、以下のような点を確認しましょう。
- テレビ CM や動画広告と検索広告を併用する場合に、テレビ CM や動画広告が検索広告をアシストしている効果を考慮しているか
- 検索プラットフォームに関して、検索広告への投資額だけではなく、オーガニック検索の総量の両方を考慮しているか
- 動画やフィードなど、広告フォーマットに応じてモデルの前提を仮定しているか
モデルの透明性は極めて重要です。自社のビジネスモデルやマーケティング活動の実態に合っているかを確認できない場合には、MMM のモデリングに精通した外部の専門家に頼るのも 1 つの手でしょう。繰り返しになりますが、モデルへの理解が浅いまま進めることには大きなリスクがあるため、慎重に検討することが大切です。
MMM モデリングのガイドブックを公開
ここまで見た通り、MMM はその運用方針などによって留意点は異なりますが、いずれにせよ効果測定手法の 1 つに過ぎません。非常に有効なツールですが、マーケティング成果のすべてを精緻に把握できるものではありませんし、すべてに適用できる万能なモデルもありません。
そのため、複数の効果測定手法の中で MMM をどう組み合わせて活用するのか、MMM の位置付けと目的を明確にすることが重要です。広告効果を横並びで計測、評価して広告投資配分を判断するだけでなく、個々の広告施策の効果を高いエビデンスレベルで把握したり、広告効果の変化を察知して施策に活かしたりと、複眼的に測定することで正当なマーケティング効果を把握できます。Google が提供する Google アナリティクス 4 や Google タグ、拡張コンバージョンなどのソリューションを活用することで、効果検証の解像度がさらに高まります。
マーケティング ROI を正しく測定して適切な意思決定をするために、近く MMM のモデリング方法の指針を示すガイドブックを、博報堂DYグループと電通グループそれぞれが公開する予定です(*1)。MMM の導入にあたり、自社の実態に適したモデルかどうかを判断する材料として活用してもらえればと思います。
このガイドブックは MMM に関する問題をすべて網羅しているわけではありません。検索広告の測定におけるバイアス、動画広告のリーチとフリクエンシーによる効果測定、リフト計測による MMM モデルの検証など課題もたくさんあり、ガイドブックではその点にも触れています。
MMM については、モデルの構造によるバイアスや、データの品質の問題など、専門家の間でも議論が続いている段階です。Google でも研究開発に加えて、日本では博報堂DYグループや電通グループとも継続的に議論を重ねています。
今後も Google では、広告会社や業界関係者と共に、公平で納得してもらえる MMM モデルの開発に取り組み、マーケティングの発展に貢献していきます。
Contributor:吉田正樹 ビデオソリューションエキスパート
2023/07/19 16:40 記事を更新。
2024/05/21 23:50 記事を更新。出典(*1)を追加しました。