本連載では、今企業において重要性が高まっているマーケティングリサーチについて紹介してきました。連載を通じて、その概念を問い直すことから始め、個別のリサーチ結果をどのように読み解くべきか、そして前回はマーケティングリサーチの成功に欠かせないリサーチクエスチョンを取り上げました。
マーケティングリサーチを取り巻く環境は、今も大きく変化しています。とりわけこの 10 年あまりでマーケティングテクノロジーはとてつもないスピードで進化し、根本から変化しました。
連載最終回となるこの第 6 回では、そうした変化の中でマーケティングリサーチャーが見据えるべき進化の方向性を考えます。
マーケティングリサーチとプライバシー—— Cookie ベースからクラウドベースへ
近年のデジタル広告において、ウェブ利用者のオンライン上の行動をトラッキングできるサードパーティ Cookie は広告主やパブリッシャーの皆さんにとって欠かせない技術の 1 つでした。これにより、特定の広告に接触した人のその後の行動(サイト訪問や資料請求など)を把握、集計したり、あるサイトで特定の行動をとった人に対して企業が働きかけたりすることができるようになったのです。
この技術は、それまでサンプリングパネルに頼っていたインターネット調査にもイノベーションをもたらし、「ビッグデータ時代の到来」と言われたブームの一因となりました。
収集するデータの範囲が広くなればなるほどマーケティング効果が測定しやすくなるため、別々の事業者が持つ異なるデータベースやサードパーティ Cookie を紐づけて、1 つの大きなデータベースとして扱う事業者も増えていきました。
しかし技術的には、Cookie やそれに類するものに紐づいたさまざまなデータを統合して読み取ると、全世界の十数人というレベルまで個人を特定できる可能性もあります。そうした危惧が高まり、現在ではサードパーティ Cookie は、かなり厳密に管理されるようになりました。
こうした動きにより、この 1 ~ 2 年でビッグデータ指向のマーケティングリサーチは、Cookie ベースから人々のプライバシー保護を前提とした、以下に記載するクラウドベースに変わろうとしています。
「やればできる」が増えるほど、マーケティングリサーチャーは倫理的な立場に立つべき
この大きな変化の背景にあるのは、マーケティングテクノロジーにとって「技術的にできること」「法的にできること」「倫理的にできること」がそれぞれ違うということです。そして、テクノロジーが進歩すればするほど、つまり「やればできること」が増えれば増えるほど、マーケティングリサーチャーは倫理的な立場からそれを選択していくべきです。
このように書くと、新たなテクノロジーでマーケティングリサーチはイノベーションを起こせないのかと考える人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。
そもそもマーケティングリサーチとは、人々の行動を誘導するものではなく、また回答者に承諾なくそのデータを利用することでもありません。回答者に対してリサーチ以外の目的で働きかけることでもないのです。むしろそういったことにできる限り留意してきたのがマーケティングリサーチでした。
ときには、回答者にとって個人的で答えにくいことをあえて答えてもらうこともありますし、たとえば言葉にならない反応を視線や脳波から読み取ることもあります。しかしそれらはすべて、回答者との間にある信頼関係に基づいて回答者がデータの利用を承諾するという、そのリサーチに対して協力する明確な意思表示があってのことです。
一方 Cookie によって雑多に集め、突合した行動データの分析は、やはり従来の調査と比べて調査主体者と回答者間の信頼関係が希薄だと言わざるを得ません。また調査目的で分析した Cookie に対して調査結果に応じた広告を配信することがあったとしたら、それはマーケティングリサーチの枠を超えてしまっています。
これがまさに「技術的には可能だが倫理的ではない可能性が指摘されたため、法的なルールを定めて改善すべき問題」でした。これは Cookie に限らず、多くのイノベーションが同じような流れをたどっています。たとえば車は開発当初、より速くより遠くを目指すイノベーションでした。しかしそれが世間に浸透して広く利用されるようになると、安全性やクリーンさといった新たな価値観が生まれ、それに合わせて、誰しにも適用されるルールとして法律が制定されました。インターネットもそれを利用するマーケティングリサーチも、一般に浸透したために、これと同じ流れが来ていると言えます。
そして結果として、「回答者との直接的な許諾関係が明示的に交わされている範囲でのみデータ活用は可能である」ことが基本的な個人情報に関するデータ活用のルールとなりました。
リサーチを起点に変革を生むために
このような背景から、マーケティングリサーチも人々のプライバシーに十分に配慮した新たな手法の開発、整備が進んでいます。具体的には、従来のさまざまな事柄の因果関係を捉えるためのテクノロジーが、個々人のオンライン上の行動 1 つ 1 つを Cookie を使って理解しようとするものから、個々人の動きではなく、統計的な手法を使ってある共通した傾向をもつ群(グループ)で理解しようとする「クラウド型」への変化です。現在こうした流れが、プライバシーを重視しながらも、これまでと同等もしくはそれ以上の高品質なリサーチを実現するために起きています。
このマーケティングリサーチテクノロジーの転換は、リサーチャーが回答者からの同意(ファーストパーティデータ)を前提とした上で、クラウドサービスの安全な環境を積極的に活用しながら次世代のリサーチを目指すことになります。
そこから得られた示唆によって、製品開発や顧客とのコミュニケーションに至るまで、それぞれのマーケティングプロセスおよび全体を最適化できるようになることでしょう。これが現在のマーケティングリサーチャーに求められている進化の方向なのです。
これで全 6 回の連載は終了となります。マーケティングリサーチャー、あるいはマーケティングリサーチャーと共に仕事をしていく皆さんは、今後リサーチがカギとなる局面に立つこともあるでしょう。
言われたことを言われた範囲でただ正確にこなすのはマーケティングリサーチャーの仕事の一部でしかありません。さらに大事なのは、視座を高く持ち、見えていない課題を見えるようにすることです。そしてマーケティングリサーチは、どんなカタチであれ、経営や事業にコミットする仕事でもあります。
けっしてその場しのぎの仕事ではなく、たとえ誰かからその場しのぎを要求されたとしても、本来あるべき仕事をするべきです。そうした姿勢が、リサーチを起点にした変革を生むと私は考えています。