ビジネスにおける「マーケティングリサーチ」という概念のアップデートを目指す本連載。「マーケティングリサーチとは何か」から始まり、直近 2 回では、定量調査と定性調査についての基本的な考え方やデータの読み方を紹介してきました。
今回はマーケティングリサーチに必要な要素、とりわけ「リサーチクエスチョン」について紹介します。
プロジェクトのために設計した個別の調査は、すべて連動しているものです。それらを一気通貫する「リサーチクエスチョン」が必要となります。リサーチクエスチョンとは、その名のとおり「リサーチによって明らかにすべき問い」であり、単なる調査票ではありません。しかし、ブリーフをするマーケターも、ブリーフを受けるリサーチ会社の担当者も、この点が十分には理解できていないケースをしばしば見聞きします。
「リサーチクエスチョン」について考えるにあたり、まずは、その前段階で準備しておかなければならないリサーチの「背景」と「目的」について順に説明します。
「背景」はデータに裏づけられた客観性が必要
マーケティングリサーチを開始するにあたっては、調査の「背景」と「目的」そして「リサーチクエスチョン」が必要です。これら 3 つは明確に記述して、プロジェクトの実施に直接的に関わるすべてのメンバーだけでなく、プロジェクトの結果に影響を受ける、いわゆる利害関係者も含めて、事前に共有しておかなければなりません。
「背景」とは、今ビジネス上で存在し続けているマーケティング課題のことです。簡単な例を挙げると、自社の商品や施策、流通のどれも変更していないのに、売上やシェア、ユーザー数が落ちているといった状況などです。ただし感覚的に「落ちている気がする」「減っている気がする」ではなく、日々測定している定量データやトレンドデータが、直接的であれ間接的であれ、そうした事実を示している必要があります。
またこの背景は、自社にとってネガティブな課題だけとは限りません。前向きな挑戦をサポートする、たとえば「話題の新しいオンラインサービスのマーケティング活用法を競合に先駆けて考えたい」といったケースもあり得ます。もちろん事前に、その新しいオンラインサービスを支持しているのは誰か、その人たちが自社の顧客とどのような関係があるのかなどをあらかじめ確認しておく必要があります。
この場合、背景は「(あるオンラインサービス A)が前年比でユーザー数を伸ばしている。この(A)は特に Z 世代に強く支持され、日常的に使われている」のように、明確に記述します。それが「Z 世代は自社ブランドにとって、今後積極的、継続的にコミュニケーションしていきたい層であり、Z 世代が支持し始めている(A)とのパートナーシップを競合他社に先駆けて進める」という戦略につながっていくわけです。
そのためにあらかじめマーケターはユーザー数や属性の比較をデータとして確認しておきます。繰り返しになりますが、背景は主観ではなく、データで裏づけられる客観的な事実でなければならないのです。
「目的」を明確にすることで “ 使える ” 調査になる
調査結果を「何の」ために使うのかが「目的」です。最初の例で見たように、背景としてブランドの売上が落ちているという事実がある場合、その理由がわかれば、ブランドポートフォリオを見直すことも、あるいは、ブランドのクリエイティブ戦略を再構築することも可能です。
つまり目的をどう設定するかによって、マーケティングリサーチの内容がまったく変わってきます。そのため、目的にはリサーチのステークホルダーや、その結果を受けて誰がどのようなアクションをとるかまで明記しておく必要があります。こうすることで「使える」マーケティングリサーチになるのです。
実施した調査が「使えない」と言われた、もしくは言ったことがある人もいるかもしれません。それは結果自体に問題があったのではなく、目的を事前にきちんと議論して共有できていなかったことが原因だったのかもしれません。
すべては「リサーチクエスチョン」に集約されていることが重要
マーケティングリサーチに必要な要素の 3 つ目が「リサーチクエスチョン」です。
マーケティングリサーチにおける「リサーチクエスチョン」とは、客観的なデータに基づいた「背景」と次の行動につながる「目的」を理解した上で、その間を埋めるための問いを立てることです。ですから逆に言えば、「背景」と「目的」が明確になっていなければ、立てられないものともいえます。
たとえば「背景」として自社ブランドのユーザー数が減少しており、「目的」がその要因を把握してブランドポートフォリオを見直すことだった場合、当面のところ、自社の既存ブランドのユーザー数を増やすための調査は必要ありません。この場合に求められているのは、自社ブランドが顧客に提供する価値を顧客インサイトから理解し、さらにそれが今後、継続的に投資する価値があるかを判断するために使えるアウトプットであり、ユーザー数を増やすことは求められていないからです。
ですから、この場合のリサーチクエスチョンはたとえば「自社ブランドが提供する顧客価値と売上の因果関係を過去 10 年間分析し、今後の売上を予想する」といったものになるでしょう。
そしてこのリサーチクエスチョンは、1 つの調査で終わるものではないこともわかります。定性的な顧客価値の分析が必要であり、顧客価値自体を数量化することも考えなければなりません。さらに売上との因果関係については、また別のデータ分析が必要でしょう。ただし、データ分析を含むすべてのマーケティングリサーチは、すべてここで設定したリサーチクエスチョンに集約されていることが重要なのです。
私の経験上、成功しているマーケティングリサーチのほとんどは背景と目的が明確で、それに基づくリサーチクエスチョンをうまく設定しています。反対にうまくいかなかったリサーチの多くは、個別の調査では特に問題がないのに、プロジェクト全体としてのインサイトがステークホルダーにとって的外れになってしまっているものです。
せっかく大規模な調査をしたのに、結果的にごく少数のデータポイントに頼り過ぎた結論になるのもその典型でしょう。そのほか、調査前からわかりきっているような仮説を支持するデータばかりを集めてしまい、結果が差別化につながらないマーケティングリサーチなども、目的や背景、リサーチクエスチョンの設定に問題があった可能性があります。
逆にあらかじめ揺るぎないリサーチクエスチョンを設定し、それをステークホルダーを含めたメンバー全員と事前に共有できていれば、そのプロジェクトの成功はほぼ約束されたと言えるでしょう。
たとえばある企業が、国際的にも競争優位にある製品や、時間をかけて育ててきた市場を縮小させ、経営資源を他に割く決断を下すことがあります。経営状況が好調にもかかわらずです。外部からはとんでもなく大胆な決断に見えるかもしれません。しかし企業経営はギャンブルではありませんから、その裏には念入りなマーケティングリサーチが存在しているはずです。こうした大胆な経営判断は、前述のようにリサーチクエスチョンに基づいた継続的なマーケティングリサーチが積み上げられていたからこそ可能だといえます。
特に今、人々の行動は否応なく変化しており、今回挙げた「背景」はより流動的です。一方で企業やブランドを健全な状態で維持したいという「目的」はあまり変わりません。そうした状況下で的を射たリサーチクエスチョンを設定し続けること、つまり「問い」を立て続けることが、今のマーケティングリサーチャーに求められていることなのです。
リサーチクエスチョンの 6 原則
最後に、私が考えるマーケティングリサーチにおける望ましいリサーチクエスチョンの原則を 6 つ挙げます。
- 願望ではなく、事実をベースに
「こうであってほしい」という願望の裏付けではなく、客観的なデータを基にしている。たとえ不都合な真実であったとしても。 - 安心感ではなく、インスピレーション
「いつもどおり」「思ったとおり」ではなく、何らかの意外性や新規性がある。 - 現状の確認ではなく、現状へのチャレンジ
今、多くの人が前提にしている考えやセオリーを是とするのではなく、その考えやセオリー自体に対して問いを立てられている。 - 今を切り取るだけでなく、これからの変化も
状況把握や分析だけでなく、その状況が今後どのように変化していくかまでを含めている。 - 他人ごとではなく、自分ごと
その問いを明らかにすることで、なぜ自社のビジネスがより良くなるのかを具体的に説明できる。 - 1 回で終わるものではなく、続きがある
その問いを明らかにすることで、さらに別の問いを生み出していく可能性がある。
最近よくこんな話を聞きます。
「社内にインサイト発見とデータ分析のチームが別で存在し、それぞれが連動できていない」
「複数部門の中にそれぞれインサイトやデータ分析のチームができてしまっている。それぞれのデータを統合して見れないため、いくら投資をしても DX(デジタルトランスフォーメーション)が進まない」
ここまで読んだ読者の皆さんならもうおわかりだと思いますが、これらの原因は会社にとっての大きなリサーチクエスチョン、「問い」を立てられていないことです。それはすなわち、「問い」を立てられる組織体制になっていないことも示しています。
この「問いを立てる」ことこそが、これからのマーケティングリサーチャーが果たすべき役割だと、私は考えています。もちろん、リサーチクエスチョンを軸にすべての調査が連動するよう完璧に設計することは簡単ではありません。技術的、予算的、時間的な制約がある中で、理想論だと感じる人も多いでしょう。しかし、何が正しいかさえわかっていれば、何が正しくないのかもわかります。
正しく設計できなかったマーケティングリサーチは正しくないなりの結果になります。それをそのまま正しい結果と捉えることはできません。しかしそのリサーチのどこが正しくないのかを理解していれば、その調査の使い方も見えてきます。
前々回の記事で扱った定量調査を例にとると、クロス集計した結果、ある属性の N 数が不足してしまった場合、他の属性との定量的な比較はできません。しかし N 数が足りないとしても、その回答をした人が存在していることは確かな事実です。それを前提に、もし同じ目的で設計された別の定性調査でサンプル数の不足した定量調査の結果を裏付ける行動があれば、その結果から回答者の行動の理由や背景を想像すればよいのです。ここがマーケティングリサーチの面白さであり、アカデミックリサーチとの違いでもあります。
連載最終回となる次回は、マーケティングテクノロジーの進化に伴い、マーケティングリサーチが果たすべき役割や責任がどう変わってきているのかを紹介します。