ビジネスにおける「マーケティングリサーチ」という概念のアップデートを目指す本連載。前回は、「マーケティングリサーチとは何か?」から始まり、本来のマーケティングリサーチの役割までを紹介しました。
2 回目となる本稿では、これからの時代に求められるマーケティングリサーチの姿を明らかにし、十二分に活用すること、そのために企業が「マーケティングリサーチに投資する目的」について考えてみます。
本来の意味での「マーケティングリサーチャー」とは
そもそも、マーケティングリサーチに投資する目的は何なのでしょうか? 究極的には、どうやったらもっと売上が伸ばせるのか、もしくはどうやったらもっと利益を上げることができるのか、その上でサステナブルにビジネスを成長させていく方法は何かを探ることだと思います。
探るべき調査テーマは主に以下の点となるでしょう。
- 市場環境のインサイト
- 顧客・消費者のインサイト
- 顧客・消費者とのコミュニケーション
- マーケティング投資の妥当性
- ユーザー体験(UI/UX)の最適化
これらのテーマは BtoC ビジネスに限るものではありません。5 についても、現在、エンドユーザーの体験価値(ユーザーがその商品やサービスを体験することで得られる感動や満足を理解し、高めるためのデザイン)を向上させることは、BtoB、BtoC ビジネスを問わず重要になっています。
こうしたテーマは独立した課題ではなく、それぞれが緊密に関係しあっていることがポイントです。たとえば、商品開発でユーザー体験の設計が必要となり、そのための UI/UX 調査を実施しようとする場合、そもそもその商品・サービスのユーザーはどんな人なのか、普段、どのような行動をとるのか、さらに競合相手に対する優位性もあらかじめ理解しておかなければなりません(上記 1 と 2 に該当)。その上で、開発される商品の特性やメッセージを誰にどう届けるべきなのかを調査しなければなりませんし(同 3 と 4 に該当)、ユーザー体験を向上させるための調査や施策の有効性、費用対効果についても見極める必要があります(同 5 に該当)。つまり、すべての調査は連続しているのです。
当然ながら、これらすべての調査は、統一したマーケティングリサーチとしてのゴールのもとに設計すべきです。しかし私が知る限り、これらすべてを一気通貫で行える組織あるいは機能を有する企業はあまり多くありません。ほとんどの場合、個々の課題に向き合うべき部門・部署が異なっているため、担当者ごとに調査テーマを設定し、それぞれに異なる調査パートナーを指名していることが多いようです。その結果、データの解釈が部門や部署ごとに異なってしまう問題と、それぞれの調査設計に整合性がなくなるため、異なる調査を並べて見ることができなくなってしまう問題が起こりがちです。
ここでの問題は、異なる調査パートナーを指名することではなく、全体の指揮を執る本来の意味でのマーケティングリサーチャーが不在であるか、その機能を果たせていないことにあります。
マーケティングリサーチが最低限でいい「プロダクトドリブンな」 2 つのケース
こう書くと、マーケティングリサーチャーを拡大解釈しているのではないか? と違和感を覚えた人もいるかもしれません。そして、その違和感は正しいです。なぜなら、現時点ではマーケティングリサーチャーとは、多くの企業でいわゆる「アンケートをとってその結果を集計する人」だったり「消費者インタビューをしてその発言をまとめる人」だったりする役割に留まっているからです。ところが、私が考えるマーケティングリサーチャーは上述したような本来のリサーチを企業の中で行う人、つまり「事実を明らかにし、新たな結論に到達するために、資料や情報源を体系的に調べ、研究する人」だからです。
実は、このマーケティングリサーチ機能は最低限でいい企業もあります。2 つのケースを紹介しましょう。
まずリサーチで探る未来は過去や現在から切り離された世界ではなく、その延長線上にあります。ですからあなたが働く企業の商品やサービスが過去に存在しなかったものである場合、それらが提供する世界観や変化させる生活環境について、マーケティングリサーチャーは想像できません。これが 1 つ目のケースです。この場合、消費者の声は参考にならず、定量的な調査をしても、回答者は何を問われているのかわからないため、その答えはいい加減なものになるでしょう。そのようなデータは信頼性に欠けており、そんなデータを元にしたマーケティングリサーチでは経営判断もできません。
まさにこの点について、スティーブ・ジョブズが言及しています。
Our job is to figure out what they’re going to want before they do.
People don’t know what they want until you show it to them.
私たちの仕事は、彼らが何を求めているのかを先に気付くことです。
人は、実際に見せてもらわないと自分が欲しいものがわかりません。
これは彼だからこその言葉であるととも、彼が発明したその商品が、いかに新しく、さらに生活を変えるものだったのかに対する自信の表れだともいえるでしょう。
もう 1 つのマーケティングリサーチが最低限でいいケースは、あなたが働く企業の商品やサービスがすでに市場で圧倒的な支持を得ており、競合相手が非常に少ない、または差がついている場合です。もしくは、営業力や販売力で競合他社を圧倒している場合もあり得ます。このようなケースでは、ネットワーク効果やネットワーク外部性が働くことで次にどのような手を打つべきか、リサーチをしなくても顧客自らが教えてくれることになります。さらに顧客自身が商品・サービスの価値となってくれるため、あえてリサーチをする必要がないのです。必要なのは、その状態がサステナブルであるかを継続的に捕捉することです。
この 2 つのケースはどちらも、独自の開発力を持っている可能性が高く、製品やサービスの存在そのものが経営を動かしている、プロダクトドリブンあるいはサービスドリブンな企業をさしています。このような企業は存在しますし、実際、非常に強いことも多いのではないでしょうか。
こうした企業にとってマーケティングとは、商品やサービスをいち早く改善し続けることです。それがその地位を確保し続けることと同義になります。その際、最も重要なのはスピードです。マーケティングリサーチの施策で言うと、企業はマーケティング投資の妥当性さえ把握しておけばよく、時間がかかるインサイト調査を行う必要はありません。仮にこのような企業から依頼を受けてインサイトを探索しても、そのリサーチに「good to know」(知れてよかった)以上の価値はなく、結果として経営判断に資することもありません。なぜなら結果が出た時点で「マーケティング」と同義である、次の製品やサービスはすでに企画済みだからです。
すべてのデータを 1 人で読み解く必要はない
多くの企業は、プロダクトドリブンな企業のようにはいきませんし、プロダクトドリブンで優位を築いてきた企業もその環境が永続的に続くことは極めてまれです。大部分の企業は製品、サービスそのものは多少の機能の差こそあれ、競合他社とそう変わりはなく、機能に差があったとしても、他社が真似できないほどのものではありません。いわゆるコモディティ化が進んでいる環境で、いかに自社の商品やサービスを選択してもらうか、そしてその選択を継続してもらうか、そのために欠かせないのがインサイトです。
製品の機能は同じでも、先駆けて生活者や市場のインサイトを理解することで、際立たせるべき特徴や伝えるべき物語を把握し、それをブランドに込め、実際の開発、パッケージデザイン、コミュニケーション、さらには製品やサービスが生活者の手に届くまでをワンストップでマーケティングとして完結させようとする企業にこそ、フルスペックのマーケティングリサーチが必要なのです。
複数のデータを読み解いていくことにはかなりの専門性が必要だと思われるかもしれません。各種アンケートデータのみならず、インターネット上の膨大な行動データ、あるいは観察型調査の結果から得られた被験者の言葉や行動の含意など、今、マーケティングリサーチには本当に多種多様なデータが存在します。このひとつひとつを 1 人の人間が統一感を持ってすべて読み解くことは不可能です。しかし、個々のデータはそれぞれの専門家が読み、個々の事実を立証していくことはできます。すなわち、マーケティングリサーチャーの仕事はすべてのデータを読み解くことではなく、専門家が立証した個々の事実から新たな結論を導き出すことなのです。そしてそのためには、提示されるさまざまなデータを、今回のリサーチで注目すべきものとそうでないものに切り分ける必要があります。
そのためにも、マーケティングリサーチャーはデータの読み方のコツを知っておかなければなりません。次回は正しいリサーチデータの読み方について掘り下げます。