ユーザーファーストでのビジネス展開は、多くの企業に共通する姿勢だと思います。
当社、ディップ株式会社もユーザーファーストを徹底することで成長を続けてきました。
そしてそれは、サービス開発はもちろんのこと、マーケティング活動においても非常に重要な視点です。一般的には、現在のリソースの中でサービスを開発し、それからマーケティング施策を考えていくことが多いと思いますが、当社は逆にマーケティングを起点としてサービスを開発しています。
たとえば、最初にテレビ CM の絵コンテを作り、そこで描いた顧客体験を自社サービスでどのように実現できるかを考える、といった具合です。最もユーザーの目に触れる接点の設計を基に、サービス開発に落とし込んでいます。
2021 年には部門の垣根を超えたワークショップ実施、サイロを打破
当社では、さらなるユーザー体験(UX)の向上とそれによるビジネス成長を目指して、2021 年 6 月に部門を超えた組織の連携を進めました。
その際に活用したのが、Google が自社プロダクトの UX 改善に使っている「Design Sprint」というフレームワークです。UX 部門や企画部門から、エンジニアやデザイナー、アナリストなどが集結。3 日間で、バイトルアプリの課題の洗い出しから、プロトタイプの制作、ユーザーヒアリング、プロトタイプの改善まで実施しました。
これにより、従来存在していた「マーケティング部門はインストール重視」「UX 部門はライフタイムバリュー(LTV)重視」といった部門間の目標のズレを解消し、「総求人応募数の最大化」という共通の目標を再設定。また Design Sprint での案を基にアプリの UX を改善したことで、結果的にアプリからの月間応募数が 8% 改善し、マーケティング投資を 2.5 倍以上に増額するという決断にもつながりました。
KPI「総求人応募数の最大化」は、本当に売り上げにつながっているのか?
しかし、KPI はその時の経営環境や事業の状況に合わせて柔軟に変化させていかなければなりません。
当社が Design Sprint を通じて「総求人応募数の最大化」という KPI を設定した後も、世界的な情勢変化やコロナ禍によって、経営環境は次々に変化していきました。マーケティング予算も縮小を余儀なくされる中、改めて効率的なマーケティング投資に向けて、より投資対効果(ROI)の高い KPI が他にないのか、見直しが求められることになったのです。
短期的な売り上げ拡大はもちろんですが、中長期的に見れば、少子化によって求人が減り、ビジネス成長が鈍化するような状況も予期できます。こうした視点からも、KPI の再設定は必要だと考えました。
真の KPI を探るため、データを基に社内の目線を「そろえる」
バイトルアプリの KPI の再設定にあたり私たちが参考にしたのが、Google が提唱した「グロース・トライアングル」です。これは、マーケティング環境が大きく変化する中で、Google AI を活用してさらなるビジネス成長につながるマーケティングに必要な要素をまとめたフレームワークです。次の 3 つの要素から成ります。
そこでまずは「そろえる」の視点で、真に売り上げに貢献している KPI を模索しました。
バイトルのビジネスモデルでは、企業による求人情報の掲載料が主なキャッシュポイントです。求人あたりの応募数が増えることで採用が増えれば、それがリピートにつながります。
しかし、採用に結びつく変数はさまざまです。求人の職種や、求職者の職歴や人柄といった属人的な要素、あるいは求人への応募数のようなユーザー行動などが関連します。
そこで、より売り上げに貢献する要素を見極めるべく、まずはユーザーである求職者のニーズを定量化することから始めました。そのためにまず必要だったのが、社内のデータを部門横断で確認できるようにすることです。
言葉にすると簡単に聞こえますが、実際には部門横断での密なコミュニケーションが求められる作業でした。
それまでは、部門ごとに使用しているシステムやデータベースが異なっていたため、現状認識と目標達成に対するズレが生まれていました。たとえば「10 月の応募件数 1 万件」という共通の目標をもっていたとしても、どういった応募の状態をカウントするかの定義が異なっていたために、マーケティング部門のシステムでは 1 万件を達成している一方で、営業部門の基幹システムでは 8,000 件で目標に届いていないといった状況が発生していたのです。
こうした目線のズレをそろえるために、現在では Google のダッシュボードツール「Looker Studio」を導入し、全員が同じデータを見られるようにしています。
部門横断でワークショップ、多面的にビジネス課題に対する打ち手を洗い出す
「そろえる」の次は「すすめる」。実際に打ち手を検討する段階です。
できるだけ幅広い部門からの意見を集める必要があると考え、部門横断で「Unlock Sprints」というワークショップを実施しました。
2021 年に実施した Design Sprint は、UX の改善をゴールとしたワークショップでした。それに対してこの Unlock Sprints は、潜在的なビジネスの成長機会の発見を目的としています。そのために、ユーザーの視点でビジネス課題を問い直し、それに答えるために必要なデータ整備と分析を進めました。
各部門から集まった 10 人以上のメンバーと共に、カスタマージャーニーの各段階での改善策を洗い出しました。徹底的なデータ分析と、ユーザーインタビューを繰り返した結果、明らかになったのは「30 日以内に特定の回数(n 回)以上求人情報に応募しているユーザーは採用されやすい」という傾向です。そこでこのデータを基に、私たちは「ユーザーによる初回の応募以降の再訪問率を高め、応募回数を n+1 回に増やす」ことを KPI として定義したのです。
この仮説を基に具体的なアクションプランを作成し、ユーザーの採用率を改善するために、よりユーザーと企業双方のニーズに合った求人情報を提示する仕組みを模索しました。
こうした取り組みは、ある 1 つの部門の意見だけではなく、多角的な意見を取り入れて、共通の目的のもと連携していくための重要な基盤になりました。
売り上げにつながる広告投資を加速 —— 応募数 9.1% 増、ROAS 125% 向上
Unlock Sprints での示唆を踏まえて、Google AI を活用した広告の自動入札「価値に基づく入札戦略(Value Based Biiding、VBB)」を導入。売り上げに対する貢献度が高い、「30 日以内に n 回以上応募してくれるユーザーからの応募」を KPI として、VBB による広告配信を進めました。
VBB の運用で重要なのが、Google 広告が機械学習する際の価値の重み付けです。その検討にこそマーケターの力が求められます。
今回は Unlock Sprints での分析の中で明らかになった「n 回以上の応募率が高い職種」に対して重み付けを行い、投資を集中しました。その結果、応募数は 9.1% 増加、広告費用対効果(ROAS)も 125% 向上と想定以上の成果を上げられました。この結果を受けて、顧客の採用ニーズが大きく、売上貢献度が高い職種に対してリソースを割くことが、事業戦略レベルでの課題の 1 つに挙げられるようになりました。
さらに次の段階として現在は、バイトルに掲載している職種を「n 回以上の応募率の高さ」でランク分けし、VBB での重み付けを変更しているところです。さらなる効果的な広告投資につなげるべくチャレンジを進めています。
不確実性が増すビジネス環境の中で、KPI の柔軟な見直しや新しいテクノロジーの活用は極めて重要です。今後も、AI や機械学習の進化に伴い新たなマーケティング手法や未知の可能性が開かれていくでしょう。
ディップでは、これからもそうした最新技術を活用するとともに、人による議論や洞察を深め、変化の早いビジネス環境に適応したマーケティング活動を進めていきます。
Contributor:神谷俊昭(スペシャリスト モバイル UX リード)/ 大石直諒(インダストリーマネージャー)