2020 年から 2021 年にかけて、当たり前のように使っていたサービスを見直したり、代替サービスを模索したりした人も多いでしょう。こうした変化は、事業者にとって新しいニーズにアプローチし、ビジネス成長へとつなげる機会でもあります。
そうした多様化したニーズへの対応に有効なのが、機械学習などを活用したデジタル広告の「自動化」です。
しかし「自動化」が進むにつれて、「自動化=効率化」という考えのみが強調され、広告効果の縮小均衡につながるケースもありました。本来ならニーズをつかみ、ビジネスをさらに成長させるための有効な手段である自動化が、結果的にビジネス成長の妨げになってしまう場合があったのです。
そこで以前の記事では、自動化を効率以外の面から見直し。自動化を実際のビジネス成長につなげる具体的な 3 つの視点を紹介しました。
このうち今回は、「顧客分析」と「柔軟な KPI 設定」を通じて、さらなるビジネス成長に成功した企業の具体的な施策と共に、自動化の可能性を見ていきましょう。
セグメントごとに顧客分析、CV ではなく LTV の期待値を目標に:MonotaRO
まず取り上げるのは、株式会社MonotaRO です。製造業や工事業、自動車整備業向けの通販サイトを展開しています。
同社は、顧客獲得に向けて幅広いチャネルに投資しており、広告投資の最適化が重要な課題でした。特に大きな課題だったのが、広告によって獲得した顧客ごとの LTV のバラツキが大きいことです。
それまでも投資回収期間を比較することで許容できる顧客獲得単価(CPA)を決めて運用していましたが、たとえば、法人と一般消費者では LTV が異なります。そのため、LTV の分析が利益の最大化に不可欠だと感じていました。
近年の自動入札の精度向上も踏まえると、顧客単位でのコンバージョン(CV)値に対して LTV を重みづけすることが、クエリレベルでの入札最適化により適切だと考えた同社は、キャンペーンやデバイス別に、顧客の LTV の期待値に応じた最適な広告の入札戦略の検討を始めました。
とはいえ LTV をベースにした最適化は簡単ではありません。この点について、同社データマーケティング部門の小林史明氏(広告グループ Bチーム チームリーダー)は次のように話します。
「短期間で高速に PDCA を回すデジタル広告の指標に、長期間の測定が必要な顧客 LTV は相性がよくありません。たとえばコロナ禍のように、顧客の質的な変化が起きたタイミングでは LTV の予測精度が下がりますが、長期的なデータの蓄積を待てないため、先行する指標を捉えて、LTV の期待値の定期的なアップデートが必要でした」
そこで MonotaRO ではまず、顧客を属性ごとのセグメントで分析し、各セグメントの LTV の期待値を算出。そのデータを Google 広告に活用し、LTV の期待値を目標に設定した自動入札で広告を配信しました。CV 数ではなく LTV の期待値を目標とすることで、より LTV が高く、売上につながる顧客獲得を見込んだのです。こうすることで、マーケティング指標をより経営指標と一致させ、ビジネス成長につなげました。
実際にCV 数を最大化する入札戦略と、LTV の期待値を目標とした戦略を比較したところ、後者の方が LTV の期待値が高い法人顧客を約 20% 多く獲得できました。
「コンバージョン値のルール」を活用、自社の数値を管理画面で正しく反映:楽天市場
MonotaRO は、LTV 分析によってビジネス成長を実現しましたが、上記した通り、分析には、労力や時間もかかり、関係者のコミットメントが求められることも事実です。いきなり、このような取り組みを始めるのではなく、まずは、試しに小さく、しかし素早く動いてみるという方針も一つの手です。
そこで次に紹介するのは、柔軟な KPI 設定で自動化をビジネス成長につなげた楽天市場です。2020 年度の国内 EC 流通総額が 4 兆円を超えた楽天グループ株式会社の中核サービスです。
活用したのは、Google が 2021 年 8 月にリリースした機能「コンバージョン値のルール(CV 値のルール:一定のルールに基づき CV の価値を調整できる)」です。CV 値のルールがリリースされる以前の Google 広告では、Google 広告に送る CV 値をあらかじめ企業側で調整する必要があり、実装の工数が負担になっていました。
CV 値のルールを使えば、従来の商品単価だけではなくデバイスごとなど、セグメントによって異なるコンバージョン値での重みづけをし、自社で計測した投資利益率(ROI)を Google 広告の管理画面上により正しく反映した自動化運用が可能になるのです。
これまで楽天市場では売上や利益を拡大するために、Google 広告の自動入札では、自社で独自のアルゴリズムに基づき計測している ROI に合わせ、LTV などを加味した目標を設定していました。
しかしデバイスによって広告効果の差が大きかったため、顧客に合わせてデバイスごとの KPI を変えようと試みました。そこで同社は CV 値のルールを活用してデバイス間の CV 値を調整。モバイル経由か PC 経由かなどによって、異なる係数を掛けるようにルールを設定しました。
こうした工夫により、基準内の ROI を維持しながら、広告経由の売上を 24% 拡大することに成功したのです。
この取り組みについて楽天グループ株式会社の山本航氏(コマースカンパニー)は「今回の機能を含め、多くのプロダクトを活用して、自社内の数値と Google 広告の管理画面の数値の連携を強化することで売上の最大化に取り組んでいきます」と話します。
都道府県ごとに収益性が異なるため、重みづけを最適化:シェアリングテクノロジー
最後に紹介するのはシェアリングテクノロジー株式会社です。水回りや鍵の修理など、生活トラブルを解決する専門業者のマッチングサイトを運営しています。
同社もコンバージョン値のルールを活用。具体的には、都道府県ごとのエリア特性をパフォーマンス係数による「偏差」として運用ロジックに組み込むことで、コンバージョン率(CVR)と広告の費用対効果(ROAS)の大幅な向上と、オペレーションコストの削減に成功しました。
同社の CV ポイントは、コールセンター経由の受電です。水道トラブルや鍵のトラブルなど、それぞれのトラブルの種別によってウェブサイトや広告運用アカウントが異なっており、そこから全国の事業者への送客で利益が出る仕組みです。
こうしたビジネスモデルのため、顧客が住む都道府県によって、CV 1 件あたりの売上単価や獲得単価(CPA)に差異がありましたが、一方で広告キャンペーン自体は都道府県別に分かれているわけではありませんでした。そのため、単一の目標 CV 単価(tCPA:CV に至るまでに関わったすべての広告費用をコストとして計上する)で画一的な運用をすると、設定した CPA で獲得が見込める地域での CV 数を最大化しようと機械学習が進んでしまうことで特定の都道府県に偏り、ビジネスとしての包括的な成長機会を損失してしまうリスクがありました。
そこで同社は、tCPA ではなく、拡張クリック単価(eCPC:CV 達成可能性が高いまたは低いと判断した場合に、手動で設定した入札単価から一定の範囲で自動的に調整する)を活用すると共に、入札単価調整比で地域ごとにその強弱をつけていました。こうした工夫によって、クリック単価(CPC)は抑えられたものの、手動での運用には限界があり、目標 CPA が達成できない状況が続いてしまっていました。
1 つの方法として、地域単位でキャンペーンを区切る方法もありましたが、手作業での運用だったため、これ以上の人的資源を投入することは現実的ではありませんでした。
そこでコンバージョン値のルールを活用。目標広告費用対効果に基づいた自動入札へと運用を切り替えました。具体的には、顧客のデータベースから割り出した都道府県別の売上と、Google 広告の管理画面での都道府県別の広告費から、地域別の収益性に基づきパフォーマンス係数を算出。都道府県ごとに異なるコンバージョン値のルールを設定し、そのパフォーマンス係数をかけた値をもとに自動入札をすることで、地域ごとの売上に応じた入札が可能になりました。
その結果、当該ビジネスの収益性が向上し、懸念していた収益機会の損失も解消できました。
同社の植田栄作取締役マーケティング事業部長は、「当社も過去に何度か、目標コンバージョン単価などの自動入札を試みたことはあります。ですが、やはり地域特性の差異を運用ロジックとして実現するプロセスに大きな障壁があり、手動入札のパフォーマンスに勝てず、長らく導入を見送っていました。今回、地域特性にマッチした形で自動入札の導入ができ、手動入札に比べて各種指標も良化しています。また日々の広告アカウントのオペレーションコストの観点からも削減効果が見られ、大変満足のいく内容でした」と振り返ります。
同社ではおよそ 100 のウェブサイトでリスティング広告を運用していますが、そのうち現在は、今回の取り組みと同じく電話 CV が KPI である 6 〜 7 つのアカウントへ横展開しています。入札がうまくいっているため、キーワードの部分一致率を上げていくことでさらに裾野を広げ、機械学習の質を高めていきたいとのことです。
また「日々の入札調整などにかかっていた管理コストを自動化により削減し、クリエイティブやウェブサイトの改善など、創造的な領域に人的リソースを集中させることで、事業そのもののグロースハックにつなげていきたいと考えております」(植田氏)と話します。
今回紹介した 3 社のように、硬直化したデジタル広告の運用を見直し、生活者の意識や行動の変容を捉えた顧客分析や KPI を再考することで、自動化の価値を最大限に使ってビジネス成長を実現することができます。
2021 年 8 月からスタートしたコンバージョン値のルールをはじめ、Google 広告にはそれぞれの課題に応じた柔軟な重みづけができるような機能が備わっています。
ですが重要なのは、こうした機能をどう活用するかです。目先の効率のみを目的にすればどんどんビジネスは局所最適に陥り、場合によっては縮小しかねません。逆に、目線を上げて全体を見渡す中で効果的に活用することで、局所最適ではつながれなかった多くの顧客との新しい接点を持つことができるでしょう。