昨今 AI のマーケティング活用にますます注目が集まっていますが、アプリビジネスは早い段階から、 AI の活用が進んでいる領域の 1 つです。
これには複合的な理由が絡み合っています。
Google は 2023 年に、Google AI を活用してマーケティングの価値を最大限化する鍵として「グロース・トライアングル」を提唱し、次の 3 つの観点が重要だと示しました。
この 3 つの観点で説明すると、そもそもアプリビジネスでは AI 活用を進めやすい土壌が整っていることがわかります。
しかし昨今ではアプリビジネスを支える環境が変化し、新たな課題に直面しています。
各社がユーザーのプライバシー保護を強化する中でデータの計測が難しくなり、特に「みつめる」を中心に、これまで AI 活用を支えてきた土壌が揺らぎ始めているのです。効果計測やマーケティング投資の意思決定が難しくなるだけでなく、データの欠損は AI の力でビジネスを「すすめる」ことにも影響を与えます。
そんな中、AI の力を最大限に利用してアプリビジネス発展を目指すには、どのような姿勢で広告投資に向き合うべきなのでしょうか。株式会社バンダイナムコエンターテインメントの事例を紹介します。
バンダイナムコエンターテインメントは、広告のビジネス貢献を多角的に「みつめ」つづける
バンダイナムコエンターテインメント(BNEI)のゲームアプリでは、宣伝費の投資対効果を高めたいと考えていました。そのためには、どの広告やプロモーション施策がビジネスに貢献しているのかを適切に把握することが重要ですが、近年のプライバシー規制の強化は向かい風となっていたのです。
そこで、データを「そろえ」「みつめる」基盤を整備し、組織風土を醸成するための取り組みを開始しました。BNEI のプロデューサーやマーケティング担当者に加え、グループ会社であるバンダイナムコネクサスのデータ分析官と共に、データに基づいたマーケティング方針を策定しています。
全体を「みつめる」ために、独自の MMM を開発
BNEI では、獲得向けの広告キャンペーンや認知拡大を目的とした YouTube 広告、テレビ CM など、オンライン・オフラインを問わず多岐にわたってプロモーションを展開しています。
一部のデジタル広告の効果は AAP などの計測ツールを使えば測定できますが、オフラインの広告やプロモーションも含めたすべての施策が、最終的なアプリのインストールにどれくらい寄与しているかまで把握できればより最適なプロモーションプランを策定できます。「インストール数を最大化するにはそれぞれの広告媒体にどう予算配分するべきなのか」、「映画化などに伴う作品のトレンドがアプリのインストール数にどの程度影響するのか」、「予算を変えると広告効果はどう変化するのか」といった広告効果を測る際の疑問に答えられる状態を目指しました。
そのために BNEI は、マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)の自社開発に取り組みました。
MMM は、広告や売り上げなどマーケティングに関連するデータを時系列で蓄積し、統計学を使って分析する手法です。
外部環境や複数のメディア間の相互作用を考慮した上で投資効果を可視化できるため、柔軟かつ複合的、俯瞰的に分析できるという特徴があります。
また、広告 ID など個別のユーザーに関する情報を用いることなく、プライバシーに配慮しながら測定できる点も、MMM を採用する後押しになりました。
BNEI では、Google 広告などのデジタル広告やオフラインのプロモーションの成果、ゲーム内のイベント、その他さまざまな要素の影響度を、KPI に合わせて分析できるように開発し、独自の MMM のモデルを完成させました。
その結果、検証したタイトルにおいては広告出稿の実績データに基づいた予測値と実測値の平均誤差は 5.2% と、高精度なモデルを構築できました。指定したビジネス目標に対して、効果が最大となる媒体ごとのコスト比率を割り出し、各施策への反映を進めています。
一方で、MMM が万能だというわけではありません。たとえば、複数の施策の効果を横断的に測る手法として効果的ですが、分析には時間がかかります。MMM はあくまでも効果測定手法の 1 つに過ぎないことも理解しておく必要があります。
BNEI でも 1 つの手法に偏ることなく、プロモーション効果をまず全体で「みつめ」ながら、同時に個別の施策や仮説に応じた検証にも重きを置いていました。これ以下では、認知施策での検証と iOS での検証の 2 つの例を取り上げます。
認知施策での CausalImpact 検証
BNEI 社内ではこれまで、認知施策が直接的にアプリのインストールに貢献していることを示すデータがなく、その広告効果に懐疑的な声がありました。
そこで活用したのが、「CausalImpact」(コーザルインパクト)です(*1)。特定の広告キャンペーンなどが KPI にどのような影響を与えたかを時系列から推定する統計手法で、実験計画と統計モデルを組み合わせ、施策の効果を高精度に推定できます。
BNEI は 2022 年末から、インハウスで CausalImpact での分析ができる体制を整えました。これにより、社内の売り上げデータなどを基にスピーディな分析が可能になり、複数のゲームタイトルで YouTube 広告(認知施策)によるインストール数のアップリフトの検証を開始しました。
CausalImpact で分析した結果、YouTube 広告を配信した地域では、インストール数の純増を確認できました。あるコンソールゲームタイトルでは、ランディングページへの遷移率が 16% 純増し、また複数のアプリゲームタイトルでもインストール数の 10% 〜 30% のアップリフトが明らかになりました。これにより、YouTube 広告(認知施策)の貢献に確証を得られたのです。
また MMM モデルの開発後に、CausalImpact で算出した YouTube 広告の貢献度と、MMM モデルでの分析結果を比較したところ、両者に齟齬はありませんでした。これによって「包括的で、網羅的な分析が可能な MMM」と「特定の仮説に MMM よりも素早く答えられる CausalImpact」の両アプローチから広告効果を「みつめる」ことが可能になりました。
iOS アプリを対象としたキャンペーンで、真の ROAS を推定
認知施策に加えて、BNEI では iOS のアプリ広告についても検証を行っています。
各社がプライバシー保護を強化し、広告の計測環境が変わったことで、広告効果の評価についての見直しが必要になりました。特に「App Tracking Transparency(ATT)」導入後に、iOS のアプリ広告をどのように評価すればよいかが、社内で議題に上がっていました。
BNEI が Google のアプリ キャンペーンに出稿する際の主な KPI は広告費用対効果(ROAS)です。iOS のアプリ広告も従来高い ROAS を確認できていました。しかしアプリのトラッキングを許可したオプトインユーザーのみで換算した実数の ROAS が見えにくくなるなどの影響があり、正確に効果を計測できるめどが立つまでは、計測可能な媒体に予算を集中せざるを得ない状況でした。
こうした課題に対応するため、多くのデータとより高度なロジックを用いて ROAS を推計する新たな計測手法「推定 ROAS」を、自社で開発して運用することにしました。
推定 ROAS では媒体ごとの ROAS 結果を計算し、そのパフォーマンスを可視化します。試験的に導入したところ、ATT 導入前に計測できていた ROAS と推定 ROAS を用いて算出した数値が近い値となったため、推定 ROAS の本格運用に踏み切りました。
推定 ROAS の結果を指標として広告運用を行ったところ、アプリ キャンペーン上で良い成果を確認できるようになり、アプリキャンペーンの iOS 出稿アプリタイトル数は推定 ROAS 導入前と比較して約 3 倍に増えました。またそのうち 8 割のタイトルが ROAS 目標を達成しています。現在では Google の iOS 向けアプリキャンペーン配信は ATT 導入以前の水準にまで戻りました。
多角的な検証が、マーケティング投資の意思決定を支えた
今回見た通り、BNEI では複数の計測を使い分け、多角的に広告効果を検証することで、広告環境の変化にも対応して意思決定できています。
時間をかけてMMM や推定 ROAS を開発し、自社に最適な「みつめる」力を高めたことも競争力のある投資を支える大きな要因です。結果として、検証の重要性は社内で深まっており、「みつめる」を起点に、社内の認識を再び「そろえ」られるようになっているのです。
BNEI 同様に、広告環境の変化に対して対応したアプリビジネスの事例として、株式会社アドベンチャーの事例も紹介しています。同社が運営するオンラインで航空券を購入できる「スカイチケット」では、社内データの整備などを進めたことで、アプリ内での航空券の予約が 1.7 倍に増加しました。
Contributor:髙橋 ちひろ(アカウントマネージャー)/ 小林 亮(アカウントマネージャー)/ 常 昱(アナリティカル コンサルタント)