コロナ禍を経て EC の利用が高まるなど、人々の購買行動は変化しています。私たち株式会社TSIホールディングスが属するアパレル業界も、例外ではありません。
新たな EC 利用が増えたことはもちろん、オンラインで情報を収集した後に実店舗で購入する、逆に店舗で気になった商品をオンライン上で比較検討して購入するといった行動がより一般化しました。感染が比較的落ち着いた時期でも依然こうした動きが継続していたことから、こうした変化は今後も買い物のスタイルとして定着すると考えられます。購買行動の変化に対応するためにも、企業としては店舗や EC、アプリを横断してより一体化させたマーケティングが重要になっているのです。
加えて、人々のプライバシー意識の高まりを受け、デジタルマーケティングにおいては、ファーストパーティデータを活用することの重要性が増しています。そんな環境の中で継続的に効果的なマーケティング施策を展開するには、店舗、EC など多様なチャネルでデータを取得し、それらを統合して分析し、活用することが大切です。ただし、データの取得にユーザーのプライバシーへの配慮が求められたり、分析や運用に機械学習などへの理解も必要だったりと、そこに求められるものはますますレベルが上がってきています。
そのため、こうしたマーケティングはハードルが高く、データサイエンティストをかかえる企業などでなければ、対応が難しいと考えるケースもあるかもしれません。
しかし、当社 TSIホールディングスのようなデジタル人材が限られている企業でも、ステップバイステップでマーケティング体制を構築することで、売り上げへ貢献することができました。今回は、その実例を紹介します。
「ユニファイドコマース戦略」実現へ —— インハウスで精緻なデータ分析目指す
TSIホールディングスでは「nano・universe」「JILL STUART」など、50 以上のアパレルブランドを展開しています。
従来ブランド主導でマーケティングを行ってきたものの、ブランドごとに異なる戦略や施策を進めており、また顧客データの管理ツールもバラバラでした。店舗や EC、アプリなど各チャネルの顧客データも蓄積していましたが、これら大量のデータをどのように活用していくか、TSI 全体の指針が明確に定まっていませんでした。
そこで、今後のさらなる成長に向けて、全社でデジタルマーケティングの融合を推進。その 1 つとして、店舗と EC を一体化させた「ユニファイドコマース戦略」を掲げました。ユニファイドコマースとは、オンラインとオフラインを問わず、顧客のあらゆる情報を統合して把握することで、顧客 1 人 1 人の趣味嗜好に合った One to One サービスを提供する取り組みを指します。
たとえば当社では、店舗内のセンシングデバイスやビーコンなどの情報をもとに店舗内での顧客行動をデータ化しています。どの商品を手に取ったのか、といった情報から、商品に対する興味の度合いなどを把握できるのです。こうしたデータをアプリと連携することで、顧客に合った商品をアプリのプッシュ通知でリマインドするなど、店舗や EC、アプリを横断してその人にあった情報を届けられるようになりました。
このような One to One のサービス実現に向けて、TSI ではまず、自社のデータをもとに顧客理解を深め、広告配信に活かそうと挑戦を始めました。そのために、全国各地にある各店舗の売り上げデータや、EC サイトやアプリ、会員システムのデータ、広告からの流入データなどを統合して分析したい、分析から仮説を考え、広告配信から効果検証まで自社で内製化したいと考えていました。
Google Cloud で広告配信を最適化、機械学習で運用の「属人化」を避ける
これらを推進するため、2018 年 に当社では、データの一元管理を目指して Google Cloud を導入し、データを取り扱うプラットフォームをブランド間で統一。BigQuery などを活用することで、ユニファイドコマースを加速するための広告配信の最適化に挑戦してきました。その結果、顧客データを分析して、年間の購入金額が一定額以上のロイヤルカスタマーに近いユーザーにアプローチするなどの施策を通じて、広告経由の売り上げを大幅にアップさせることができました。
一方でこうした設定は、担当者であった私の独力での運用になってしまっていました。そのため、本当に目的に対して最適な設定ができているのかに不安を抱えており、また運用の属人化を避けることが次の課題でした。
そこで Google に相談したところ、パートナー企業である D.Table 株式会社の紹介を受け、 2020 年から機械学習を活用した広告配信を共に進めることになったのです。その際、すべてを丸投げするのではなく、あくまでも運用のインハウス化を実現することを最終的なゴールに定めてサポートを依頼しました。インハウスでの運用にこだわったのは、分析から検証までを短期間で回しつつ、顧客の個人情報やプライバシーを保護するためです。
“ 自前で機械学習 ” を他のスタッフにも拡大、リピーター増
そんな中で 2021 年 3 月に会社が統合。私を含めて 5 人のメンバーがデジタルマーケティング業務に携わることになりました。そのため、まずは新たに加わった 4 人が、データ統合から広告配信まで行えることが急務でした。
4 人とも、機械学習にはほとんど触れたことがないメンバーだったため、まずは D.Table のサポートのもと、機械学習に関する勉強会などを通じてデータの分析方法などを学習。その後、ワークショップ形式で実際に 4 人に手を動かして理解を深めてもらいました。
ワークショップでは、当社グループの中核ブランドである nano・universe の実際のデータを扱いました。nano・universe では、複数回購入している顧客が少ないことが課題だったため、今回は「2 回以上の購入」増を目的として機械学習モデルを構築。そのほかにも、メンバー 1 人ずつ「初回購入」「会員登録」「LTV」を目的変数とした複数の機械学習モデルを作成し、それぞれの精度の比較や、配信結果を比較しようと試みました。
またクリエイティブに関しては、過去のメールマガジンやアプリプッシュでの効果検証から、単体商品の広告よりも、組み合わせでコーディネートした服を提案することでコンバージョン率を高められることがわかっていたため、広告でもこれを活用したいと考えていました。今回は Google のプロダクトを活用することで、EC サイトの画像や商品情報、在庫状況などを自動でクロールしてフィードを作成。これにより、データドリブンで目標に最適化した広告配信を実現できたのです。
結果的に、配信した広告を通じて、売り上げは目標比 60% 増、ROAS も他広告より 50% 以上高く、手応えを得ることができました。
機械学習未経験でも、インハウスで精緻なマーケティングが可能に
当社は長くデジタルマーケティングを手掛けていますが、データや機械学習の専門人材が豊富にいるわけではありません。そんな企業でも、Google やパートナー企業の協力を得ることで、インハウスでも機械学習を活用した効率的な広告配信が可能になりました。
当社は今後も、このノウハウを社内に広げていきたいと考えています。