「ブランドイメージ」は企業や自治体にとって重要であり、向上すればユーザーの親近感を強め、顧客ロイヤルティを高めることができる場合もありますが、一方でトラブルが起きたときの「イメージ」は、たとえそれが事実とは異なるものであったとしても、ブランドに悪影響を与えかねません。その代表的な例が風評被害です。
2011 年 3 月の東日本大震災以降、福島県ではインバウンド旅行客が大きく減少し、検索においても「福島」に関連するキーワードはネガティブなものが多くありました。そのような環境で、福島県に改めて観光で訪れたい来訪地としての旅行者の意向を、いかに拡大するかが課題でした。そこで、福島という名称を押し出す地域型マーケティングではなく、コンセプトを訴求するテーマ型マーケティングでリブランディングすることに踏み切り、インバウンド旅行者を震災前の数まで回復することに成功しました。
この事例を読み解きながら、テーマ型リブランディングの詳細と、外国人旅行者に響いたポイントについて確認していきましょう。
福島県の取り組みとその背景
東日本大震災以降、福島県への海外からのインバウンド旅行者数は激減し、さまざまな取り組みにもかかわらず、数年経っても回復の兆しは見られませんでした。しかし、ネガティブなイメージを払拭し、激減した旅行者を取り戻すことで県全体の活力を取り戻したいという県民や県政の想いは強烈でした。そこで、従来の取り組みから脱却する新たな試みとして、Google と連携したデジタル マーケティング プロジェクトを 2016 年から開始したのです。
どのように「テーマ型リブランディング」を進めたのか
最初に行ったのは、結果につながる戦略を固めるために必要な事前調査です。Google トレンドや Google 画像検索などの媒体データを活用し、インバウンド旅行者を見込めそうなターゲット国を選定。ターゲット国となった、タイ、台湾、オーストラリア、ベトナムの個人旅行者の興味関心事項を分析することで、「誰に何を届けるべきか」を徹底的に絞り込みました。
分析の結果判明したのは、「ヒストリー」「アウトドア」「ヘルス」「ネイチャー」という 4 つの興味関心分野です。これらを福島県リブランディングの新テーマと設定し、公式資料にも活用しました。
これらのテーマを盛り込んで立ち上げたトラベル プロモーションが「ダイヤモンドルート・ジャパン」プロジェクトです。具体的には、東京を起点として栃木・茨城・福島の 3 県を結ぶ広域周遊ルートの見どころを紹介するというものです。新ルートのプロモーション動画については、インバウンド向け動画制作の実績豊富なクリエイターに委託し、福島を前面に出しすぎることなく他県と連携した内容になるよう配慮しました。「海外の旅行者にとって魅力的な 4 つのテーマ」を散りばめたこの動画を、YouTube 動画広告で配信したのです。
タイ、台湾、オーストラリア、ベトナムの個人旅行者をターゲットに配信した「ダイヤモンドルート・ジャパン第一弾」の再生回数は、たちまち 1,100 万回に到達。質の高い動画を見たユーザーから、「行ってみたい」「見てみたい」など来訪につながる好意的なコメントが多く寄せられただけでなく、「ダイヤモンドルート」というまったく新しいテーマでの検索数も増えていきました。
ここからさらに、プロジェクトは進化を続けます。
第一弾のデータ分析を継続的に進める中で、より効果的なリブランディングと誘客につながる具体的テーマが次第に浮き彫りになりました。その 1 つが「サムライ」です。福島県には侍に関連する観光資源が多いことから、特に外国人に人気が高いミステリアスな「サムライ」に焦点を合わせ、2018 年に福島で侍スピリッツを体感することができる「サムライ・スピリット・ツーリズム」プロジェクトをスタート。外国人の感覚をより強く取り入れたプロモーション動画を海外のクリエイターが制作し、YouTube 広告で配信しました。
福島県は、さらに東京・浅草から日光、福島を旅する「 Samurai Train で行く会津・日光モニターツアー」「サムライスピリッツ」「体験ツアー」「サムライトレイン」の開発、連動した施策など、リブランディングと誘客の成果を計測し、PDCA を回しながらより効果的なプロジェクトへと進化させていったのです。
驚異的な視聴者数・インバウンド誘客の V 字回復と、シビックプライドの回復へ
努力の成果があり、2018 年配信のプロモーション動画「Diamond Route Japan 2018: History - Feel the Real Samurai Spirit」は、配信 2 週間で 合計 2,200 万回の再生を達成。地方自治体としては最高再生数を記録しました。通常 30% 前後とされる動画の視聴率も、アメリカ、スペイン、ロシアで 70% という驚異的高さを計測し、多くの人に福島の新たな魅力をしっかり届けることに成功したのです。
このキャンペーンの成果は、広告動画の視聴数やコメント数だけでなく、実際のインバウンド誘客数にも大きな影響を与えました。デジタルマーケティング開始後の福島県の外国人観光宿泊数は、震災前の数値まで回復しています。
広告配信のターゲット国 (台湾、タイ、ベトナム、オーストリア) ごとにみても、各国から福島へのインバウンド旅行者数は、2017 年の時点ですでに前年比 36.8% ~206.3% と躍進しており、2018 年にはさらなる増加を遂げています。
デジタルマーケティングの導入当初は、地域住民から半信半疑の声が上がることもありましたが、動画配信後に世界各国から好意的なコメントが寄せられたことで、「自分たちのコンテンツが世界に刺さる」ことを実感したといいます。
今回の成果は、福島県の自信につながったことはもちろん、地域活性化への前向きな気持ちも高める結果となりました。商工会議所や宿泊施設からも、新たなデジタルマーケティング企画に関する提案が持ち上がるなど、県全体として盛り上がりをみせています。
今後の展開について
福島県では、今回のインバウンド誘客での成功をうけ、さらに日本酒の海外向けプロモーション動画など、観光と県産品の連携プロジェクトを新設する予定です。さらに移住や定住促進も含めた複合的経済効果の創出を狙うなど、デジタル広告を積極的に導入する気運が高まっています。
今回のキャンペーンを振り返り、福島県 観光交流課 主幹 加賀谷宏明氏は以下のように語っています。
「震災以降、インバウンド客が激減して回復の兆しが見えない中、インバウンド誘客を促進する方法を探していました。その中で、信頼性を確保しながら効率的にターゲット国・ターゲット層の声を聞きたいと思い、Google とともにデジタル マーケティングに取り組みました。
デジタル マーティングの成果は、次回の施策の立案や実施にあたっても、対外的に大きな説得力を持つものでした。マーケティング結果に基づき受入強化や誘客した『サムライ スピリット ツーリズム』も、スムーズに進めていくことができています。
しかし、海外のトレンドも目まぐるしいスピードで移り変わっていることから、これまでのデータだけで安心することは危険だと認識しています。今後も Google と連携したデジタルマーケティングによって、データに裏付けられた『効果的な施策』に取り組んでいきたいと考えています」