現在、自治体や行政の「デジタル化」は少しずつ、しかし着実に進みつつあります。各自治体はそれぞれの課題に応じて、それに適したデジタル マーケティングを推進していますが、中でも本格的なデジタル戦略組織を立ち上げ、スピーディなデジタル革新に成功している自治体のひとつが愛媛県です。
愛媛県のデジタルマーケティング推進に舵をきった目的は何だったのか。どのような施策を行ったのか。デジタル改革が県政にもたらした成果とは何だったのか。組織改革ストーリーをご紹介しながら、これらの疑問に答えていきます。
本格的なデジタル戦略組織の立上げに踏み切った背景
県政の重要なミッションの 1 つは、地元の経済を活性化し、県民の暮らしをより豊かにするために、予算を適正に投資することです。その判断には、「効果の見える化」が役立ちます。ところがこれまで、愛媛県の施策はオフラインキャンペーンがメインで、効果の数値化ができていませんでした。
愛媛県のデジタル改革は、商社出身で費用対効果を重視している県知事の中村 時広氏が Google を訪問し、精度の高い「効果の可視化」が可能であることそして、海外の行政ではこの「見える化」が常識であるという話題に共感したことから始まりました。これをきっかけに、愛媛県は Google と協働で県全体のデジタル改革を進めるため、デジタル マーケティングの導入プロジェクトをスタートしたのです。
初めて取り組むデジタルマーケティングの進め方
最初に着手したのは組織の立ち上げです。専門部署として施策の研究・実践・検証を行うデジタル戦略組織を立ち上げ、意欲的な県職員を抜擢しました。一時的な取り組みとしてではなく、日常業務を通じた組織全体のデジタル リテラシーの強化を目指したのです。
組織を立ち上げると同時に、外部人材を登用して迅速にデジタル マーケティング戦略を策定した上で、約 1 億円の補正予算を計上。さらに最終目標として「インバウンド誘客」、デジタル広告の初期目標を「海外での愛媛県の認知度アップ」と「愛媛への旅行に興味関心を持つ見込み客の獲得」に設定しました。
効率的な目標達成のために、予算活用の構成比を「製作費 : 広告配信費 : 分析費」のそれぞれを「3 : 6 : 1」に設定しました。この予算構成比の設定は実は重要です。確実な成果を出すためには、広告制作費だけでなく配信費、そして成果を計測しデータを次に活かすための分析費の確保が不可欠になってくるからです。
次に、今回の目標達成に適した受託企業を募集・決定するための要件定義として、目標、ターゲット、必要要件 (インバウンド向けデジタルマーケティングの実績など) を明文化したプロジェクト仕様書を制作しました。
協力企業が決定したら、いよいよマーケティング戦略の立案です。受託企業と県の戦略チーム、そして Google とともに、今回の目標に最適なデジタル広告について協議・決定していきました。
「わくわく」「ふむふむ」する広告コンテンツ
本キャンペーンでは、ユーザーの興味関心にアプローチする「テーマ型マーケティング」を実施しました。愛媛県が今回選択したテーマは「サイクリング」「お遍路」「食・モノ」「エクスペリエンス」の 4 つです。
広告コンテンツとしては、「愛媛に行ってみたい」という「わくわく」を生み出す動画広告を制作し、加えて「愛媛をもっと詳しく知りたい」人が「ふむふむ」と納得するようなランディングページを立ち上げました。
動画広告制作の現場において戦略チームとクリエイティブチームが最も注力したのは、徹底して「旅行者視点」でした。「ここが見どころ」という有名景勝地を起点とするのではなく、インバウンド旅行者が「わくわく」できる映像や、「体験したい」と思えるコンテンツについてイメージを膨らませ、臨場感あふれる視聴者目線の動画を目指しました。
ランディングページについても、インバウンド旅行者視点の情報をビジュアルで直感的に伝えることで、「愛媛をもっと詳しく知りたい」人が「ふむふむ」と納得できるよう、外国人目線のデザインに工夫を凝らしました。
広告配信対象 7 か国 (アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリア、シンガポール、韓国、台湾)に向けて YouTube TrueView 広告と Google ディスプレイ広告を活用しました。
海外で 2,000 万回以上の動画視聴数、さらに 27 万人のランディングページ訪問数を記録
動画キャンペーンでは、当初の目標である 500 万再生の 4 倍以上となる 2,076 万再生を達成。さらに、愛媛に興味関心を持ちランディングページを訪問した人は 27 万人以上にも上り、次回プロモーションに向けた土台づくりができました。
愛媛県の初のデジタル広告の試みを考察すると、今回のキャンペーンの最大の成果は「現状の見える化」ができたことです。「見える化」したデータを分析した結果、成果のさらなる拡大につながるヒントが見えてきました。たとえば、ランディングページ訪問者の 90% 以上がモバイル経由だったことから、モバイル対応の緊急性を全庁が改めて認識するなど、優先的にやるべき次の対策が見えてきたのです。
この事例で特筆すべきもう 1 つのポイントはスピード感です。この取組を実現するには、デジタルに意欲的な戦略チーム職員の意欲と奮闘が欠かせませんでした。仕組みを整えることももちろん重要ですが、それを動かすのは「人」だからです。2018 年 1 月に開始したデジタルマーケティング改革は、4 月には戦略チームが発足、9 月に補正予算を組んで 12 月には広告を配信するという、自治体としては異例のスピードで進めることができました。
愛媛県にはもともとデジタルに詳しい職員がいたわけではありません。しかし、新しいことを積極的に学ぶ意欲と組織的に少しずつ仕組みをつくる姿勢、そして専門家たちの協力を通じて、スピーディなデジタル改革を実現することができたのです。
デジタル マーケティング戦略書を策定し、今後に活用
2018 年度は補正予算枠で実施したデジタル広告の成功を受け、2019 年度は広告予算配分を見直しながら、デジタル広告予算の割合を拡大。より積極的なデジタル展開を計画しています。インバウンド誘客に加え、今後は県特産品のブランディング、サイクリング事業の高度化、移住定住のためのフェアの告知など、多様な県政課題を対象にデジタル活用を拡大していく見込みです。
一連のデジタル変革を振り返り、愛媛県プロモーション戦略室 デジタルマーケティンググループ担当係長 森俊人氏はこのように語ります。
「われわれの最初の使命は、デジタル マーケティングを活用して効果を上げるための手法を確立することでした。
最初の取り組みとなった今回のインバウンド キャンペーンでは、短期間にもかかわらず多くの人へのリーチを低単価で実現することができ、デジタルの効果と価値を実感しました。さらに、愛媛の地域資源が世界に通用することや、モバイル・ミレニアルファーストの傾向など、今後の戦略立案に役立つデータが得られたことも大きな成果です。
今回の成果を踏まえて、デジタル マーケティングに必要な基礎知識、優良事例の紹介、各プロセスで留意すべきポイントなどを盛り込んだ戦略書を策定しました。今後はこの戦略書に基づき、正しい認識や共通理解のもと、世界に向けたデジタル マーケティングの活用を組織全体で進めていきたいと考えています」