近年、生活者を取り巻くメディア環境は大きく変化し続けています。顕著なのはその情報量で、年代にかかわらず、大量の情報を日々刻々と浴びている環境になっています。
なかでも一部の商品やサービスに関わる情報やコンテンツは、広告や PR といった従来の形態に加え、SNS や動画サイト、さらには e コマースサイト上の口コミなど、多様な形式で流れています。これらの情報は、全コンテンツ流通総量の中でも、かなりの割合を占めており、皆さんもそれを実感しているのではないでしょうか。
そして新型コロナウイルス感染症によって、否応なしに、日常的な買い物がオンラインにシフトしたり、決済のキャッシュレス化が進んだりしました。普及に時間がかかると思われていた消費行動が、今急激に一般的なものとなりつつあるのです。
この変化の裏には、モバイルスクリーンの存在があります。従来、商品やサービスの「情報」を吟味する場所と、商品やサービス「そのもの」を獲得する場所は分かれていました。テレビで見た商品を EC サイトで購入するなどといった具合です。しかし今やその両方が同じモバイルスクリーン上にあります。消費者は、時間や場所にも縛られず、これまでよりも圧倒的に自由に行き来できるようになっているのです。
AIDMA 的な計画購買だけではもはや説明できない
そうなると、当然人々の商品やサービスの選び方も変化します。たとえば AIDMA と言われるセオリーを考えたとき、元来、最初の A(Attract:認知)と最後の A(Action:行動)の間には時間的、空間的な隔たりがあり、消費者はその隔たりの中で買うものの計画を立てているとされてきました。これが一般的な計画購買です。そのため、企業にとっては検討期間中の消費者に対して、どのように関与していくかが重要だったのです。
ところが Google のマーケットインサイトチームが実施したいくつかの調査によると、最初の A と最後の A がほぼ同時に発生するケースが増えていることがわかってきました。何を買うかを決めずに(オンライン、オフライン問わず)お店へ行くという人や、それまで名前を聞いたことがない商品でもためらわずに買う人が、2018 年の調査時点でも下記の通り増えているのです(*1)。
これらの結果は、買い物行動を観察した調査結果とも一致します。そこで私たちは、このような一見無計画な買い物行動を「パルス消費」と名づけました。これは単純に「衝動買い」を言い換えたものではなく、オンライン上の消費行動を理解するための汎用的なフレームワークです(詳細は後述)。
人々は何に“ピンとくる“のか? 6 つの「直感センサー」で消費行動を理解する
さらにパルス消費には、アフォーダンス、つまり明示的にも暗示的にもその商品サービス自体やそれに関わる周辺領域で発せられる、行動変容につながるようなメッセージに、消費者が心理的に反応して起こるものであることもわかりました。その心理的な反応を「直感センサー」として分類したのが次の 6 つです。
- Safety:安心安全なものに反応する直感センサー
- For me:自分の価値軸にぴったりなものに反応する直感センサー
- Cost save:お得なものに反応する直感センサー
- Follow:売れているものや、第三者が推奨するものに反応する直感センサー
- Adventure:知らなかったものや興味をそそるものに反応する直感センサー
- Power save: 買い物の労力を減らせることに反応する直感センサー
これらのセンサーは 1 人の中で共存するものであり、シチュエーションによって反応しやすいセンサーは変化します。少し極端な例ですが、2020 年から必需品となったマスクで考えてみましょう。
2020 年 3 ~ 4 月は、まずどこでマスクが買えるのかという情報が重要でした。しかし皆に行き渡るようになると、検索キーワードは「マスク + 安全 = Safety」となり、そこから、「マスク + お洒落 = For me」「マスク + 値段 = Cost save」「マスク + 口コミ= Follow」「マスク + デコ = Adventure」「マスク + 箱買い = Power Save」など、検索クエリのバリエーションが増していきました。こういったことからも、同じ人であっても、シチュエーションによって反応するセンサーに違いが出ることがわかります。
まとめるとパルス消費とは、現代の人々がスマホなどで、商品やサービスに関わるさまざまな情報を自由自在に探索している途中で、とある商品に対して期待している潜在的なメッセージに「出会った」と感じたときに、直感センサーが発動し、購入を決定するという行動のことです。人々は意識的に、または無意識的にそういった「出会い」を求めて情報を「探索し(explore)」「ピンときて(hit)」「決定する(decide)」——。これがパルス消費のメカニズムなのです。
この場合の「出会い」とは、先ほど述べたとおりその商品サービスそれ自体や、商品サービスに関する各種情報が明示的あるいは暗示的に発するメッセージとの出会いを意味します。それは動画広告や SNS でのおすすめ情報といったデジタルの情報もあれば、商品パッケージやお店の棚に占める位置、あるいは商品の試用ですらも、場合によってはパルス消費の発生源となり得ます。パルス消費は、店頭や EC サイト上でのみ起こるものではなく、消費者が日常的に行う情報探索行動のどのタイミングでも起こり得るのです。
パルス消費が増えたワケ、背景には買い物環境のデジタル化
調査を続ける中で、パルス消費とは「物を買う瞬間」、つまり「商品とお金を交換する瞬間」を指すのではなく、あくまで消費者が「特定の商品やサービスに対してピンとくる瞬間」のことを指す、ということも浮き彫りになってきました。この瞬間は、商品とお金を交換する前に起こることもあれば、場合によっては後に起こることもあります。
ただ、ある商品やサービスに「パルスする」状態であるということは、心理的にはすでに買い物かごに入っている状態であり、それ以降、同一カテゴリーでそれ以外のものを購入する可能性は、著しく低くなります。
なぜこんなことが起こるのでしょうか。その理由としては、買い物環境がデジタル化によって大きく変化していることが挙げられます。その変化とは大きく次の 3 つ。1 つ目は「お店(購入先)」、2 つ目は「支払い」、そして 3 つ目は「商品(への期待)」です。
まず 1 つ目の「お店」については、EC の普及によって人々がアクセスできるお店が一気に拡大し、商品の選択肢が圧倒的に増えたことが挙げられます。その結果、かつては物理的にアクセス可能な店内の棚にあるものから選択するしかなかったのが、今はそうではなくなってきているのです。
次に 2 つ目の「支払い」について。長年、日本人は現金主義と言われてきましたが、EC であれ実店舗であれ、この数年でキャッシュレス決済が急速に普及。これによって、人々も現金と引き換えに商品を得るという感覚が薄らいでいるのです。
最後に、今や商品が提供するベネフィットが、モノとしての機能を超えて、それを使ったときに得られる、属人的で感性的な期待までをも含むものに変化したことです。たとえば子供の父母会に着ていく洋服を探している人は、 「ほどほど」 「目立たない」 「着回しがきく」といった言葉で検索し、最もフィットする商品を発見して購入する傾向があります。一方で、まったく同じワンピースを、別の人は「勝負服」で検索しているかもしれません。その人の感性や状況によって、商品の機能に含まれる期待は異なります。
こうした環境の変化の中で商品やサービスを選択することは、実は消費者にとって非常に労力が必要です。そのため 1 つひとつの商品をロジカルに選択することは、すでに現実的ではありません。その点からも、多くの商品サービスのカテゴリーで計画購買が減って、パルス消費、つまり非計画購買が増えていることは自明です。
パルス消費=衝動買いではない
一方で非計画購買が、いわゆる衝動的な購買行動であるとは思いません。消費者は、日常的な情報探索行動の中で、そのときの自分にとって「実はだいじ」だと考える規範で選択した、直感センサーの反応に従っているのです。そして繰り返しになりますが、その商品サービスに関連するすべてのタッチポイントで提供される、アフォーダンスとも言える行動変容につながるメッセージへの反応なのです。
マーケティングやリサーチに携わる立場からすると、偶発的な「衝動買い」と片づけられそうな、非線形の買い物行動が一般的になりつつあることを認識しなくてはなりません。その“偶然の日常化”という矛盾を理解し、分析する上で、パルス消費は有効なアプローチになります。
まずその商品やサービスが「安心」推しなのか、「自分らしさ」推しなのか、「コスパ」推しなのか、「流行り」推しなのか、「目新しさ」推しなのか、「楽できる」推しなのか……を考え、決定したメッセージを、誰に対して、どのタイミングで、さらにどのようなメディアを使って届けるか。常に情報探索をしている消費者に対して、単に「届ける(reach)」のではなく、「出会って(encounter)」もらうのか。これが重要です。
これまで、コミュニケーションは ATL(Above the line:新聞、雑誌、ラジオ、テレビの 4 マス媒体の広告)と BTL(Below the line:4 マス媒体以外の広告)に分かれていました。それぞれで異なる戦略を取ることが一般的で、特に小売ビジネスでは BTL サイドが重要な役割を果たしてきました。
しかし今、パルス消費を起こす消費者にとって、その区分けは意味がなくなってきています。これを買おうと決める瞬間と実際に購入する瞬間が、今はかい離している(もしくはかい離するパターンが増えている)からです。たとえば“ついで買い”を、今は家に帰ってからでもできるのです。
それにもかかわらず、店舗という閉じた空間の中だけで消費者行動を理解しようとし、さらには非計画購買を後押ししようとするのは、無理があります。パルス消費の現代には、そういった統合プランニングがポイントになるのです。