2019 年は日本のモバイルペイメント市場において、大きな転換点となる年でした。大手や新興を問わずネット企業、携帯電話キャリア、コンビニチェーンといったさまざまな事業会社が参入したためです。各社が 100 億円単位の前代未聞のポイント還元施策を発表し、年間を通じてテレビ CM を中心とした大規模な広告キャンペーンも行われました。その結果、多くの生活者にとって、スマートフォンを利用した決済サービスへの関心が急激に高まったのです。
Google と調査会社インテージは、このモバイルペイメントの主戦場でもある QR コードを利用した決済サービス、いわゆる QR 決済について、2020 年 1 月に共同で利用者実態調査(対象は 18 〜 59 歳までのインターネットユーザー)を実施(*1)。ここでは、生活者が現金やクレジットカードといった既存の決済手段からモバイルペイメントへ移行し、さらに積極的に利用するためには何が課題なのか、調査によって見えてきた生活者インサイトを紹介します。
市場課題:利用者数の拡大から利用意向の向上へのシフトチェンジ
QR 決済事業者の積極的なプロモーション活動もあり、主要 QR 決済を一度でも利用したことがある人は、2020 年 1 月時点ですでに 63% に達していました。また男女ともに、20 〜 50 代のどの年代においても、6 割以上の人が QR 決済を利用していることがわかりました。
しかしながら、今後の QR 決済の利用意向を確認すると、「できるだけ積極的に利用したい」と考える人は 23% にとどまっており、現金やクレジットカードに比べて継続利用の意向は低いのが実情です。これはせっかく獲得した利用者が、必ずしも活発に利用したいわけではないことを示唆しています。
年代別に確認しても、 30 〜 50 代の男性は QR 決済に関して現金と同等かそれ以上の利用意向が見られるものの、それ以外の若年層や女性層では、現金やクレジットカードに比べて大きな差がついています(下図参照)。
2019 年のマーケティング活動によって、QR 決済の利用者数は確実に増加したものの、現金やクレジットカードからの本格的な移行には至っていなかったと考えられます。今後の QR 決済市場の成長のためには、「利用者数の拡大」から「利用意向の向上」へと、マーケティングを大きくシフトチェンジさせる必要性がありそうです。
分析フレームワーク:4 段階の利用意向と QR 決済に対する認識
今回の調査では、以下の 4 つの段階で QR 決済に対する利用意向を確認し、それぞれのステップで利用促進に有効な施策を整理しました。
決済のように複数の手段を併用するカテゴリの場合、利用者数を増加させるためには少なくとも利用を拒否されない存在になる必要があります(ステップ 1:利用拒否→消極利用)。そして、モノは一度購入したら終わりですが、サービスは利用頻度を増やさなけばなりません。そのために能動的に利用機会を見つけてもらう必要があります(ステップ 2:消極利用→通常利用)。最後に、他の手段よりも優先的に利用してもらうことで、1 人あたりの総支出に占める QR 決済の割合を最大化させられます(ステップ 3:通常利用→積極利用)。
次に、生活者が QR 決済に対して、現金やクレジットカードなどの既存決済手段と比べ、どのような肯定的また否定的な意見を持っているのか、自由に回答してもらいました。その結果、以下の 7 つの項目で、QR 決済に対するポジティブ・ネガティブの認識を確認できたのです。
そして、この QR 決済に対するポジティブ・ネガティブ認識の違いが、先述の 4 段階の利用意向とどのように関係しているのかを詳細に分析することで、3 つの大きなインサイトを見つけることができました。
インサイト 1:対応店舗数が利用意向を高めるわけではない
まず利用意向の高さと QR 決済に対するポジティブ・ネガティブ認識の関係性を見てみると、おおむねどの項目においても、積極利用層ほどポジティブ認識が高く、逆に利用拒否層ほどネガティブ認識が高いことが確認できます。このことから、各項目の認識をネガティブからポジティブへと変化させられれば、利用意向を向上させられるのではないかと考えられます。
しかしながら、「対応店舗数の多さ」に対する認識だけは、その傾向がまったく異なっていました。この項目において、積極利用層はポジティブ認識・ネガティブ認識のどちらの回答も多く、逆に利用拒否層になるほど「どちらとも言えない」といった回答が増えています。ここから推察されるのは、対応店舗数が多いから利用意向が高まるのではなく、利用意向が高いからこそ対応店舗数に対する関心も高まるという、因果関係の逆転です。
実際に QR 決済への対応ニーズを見ても、積極利用層は幅広い業種で QR 決済への対応を増やしてほしいと考えているのに対し、消極利用層はどの業種に対しても回答が低水準なことがわかります。このことからも、対応店舗数が拡充されたからと言って、QR 決済の利用意向が直ちに向上するとは考えづらいことがわかります。
インサイト 2:使い方の理解促進はポイント還元と同じくらい重要
QR 決済に対するポジティブまたはネガティブな認識が、利用意向に影響していることが確認されました。その中でもより大きな影響を与えている項目は何かを検証するため、統計モデル(ロジスティック回帰)を利用。ネガティブな認識からポジティブな認識へと変化したときの各利用意向への影響の大きさを確認しました。
その結果、利用拒否を減らして利用者数を拡大するステップ 1(利用拒否→消極利用)、利用機会を増やしてアクティブ率を向上させるステップ 2(消極利用→通常利用)、優先決済手段として顧客内シェアを拡大するステップ 3(通常利用→積極利用)、このすべてのステップにおいて、「魅力的なポイント還元」と「使い方が理解しやすいこと」の 2 つが重要であることがわかりました。
(*2)
ポイント還元で利用意向が高まるという結果は、各社の大規模なキャンペーンからも予見しやすいものだと思います。しかしながら、ポイント還元と同じぐらい使い方の理解が重要なことは、これまでのキャンペーンの中で、必ずしも強く訴求されていませんでした。今後の市場拡大のためには、この使い方の理解を促進するためのマーケティング施策が求められそうです。
インサイト 3:積極利用には「安心・安全」への取り組みが必須
冒頭の市場課題でも触れたように、今後の QR 決済市場は「利用者数の拡大」から「利用意向の向上」へのシフトチェンジが求められます。その中でも、現金やクレジットカードよりも QR 決済を優先的に利用したいという積極利用層の拡大(ステップ 3)が重要だと考えられます。
分析の結果、この積極利用層を増加させるために重要なのが、「ポイント還元」と「使い方の理解」に次いで「セキュリティへの信頼性」だとわかりました。
セキュリティに対する不安は、ステップ 1(利用拒否→消極利用)やステップ 2(消極利用→通常利用)でも、他項目ほどは強くないものの、一定のマイナス影響が見られました。しかし、ステップ 3(通常利用→積極利用)においては、単に不安を払拭するだけは不十分で、安心できるというポジティブな認識の醸成が求められています。
2019 年は一部の QR 決済で不正利用問題も起きました。今後はこうしたセキュリティ課題に対して、技術的に解決するだけではなく、定着してしまった生活者の認識をコミュニケーションを通して改善していかなければなりません。
本記事では、QR 決済市場の拡大に向けた課題について、今回の調査結果から得られたいくつかのインサイトを紹介しました。ニュースやプレスリリースなどで各事業者の取り組みを見ていると、ポイント還元や対応店舗数の競争に注目しがちです。しかし、生活者視点から見てみると、使い方の理解促進や安心、安全への取り組みが、それらと同じぐらい重要だとわかると思います。
QR 決済は他決済サービスと比較して手数料率が低く、加盟店獲得やポイント還元で費用もかさむため、短期的には収益化が難しいことが知られています。そのため、QR 決済市場に参入する各社は、既存事業の強みを生かした収益化戦略を持っています。次回は、それらの戦略と親和性の高い利用者を獲得するために何が求められるのか、調査の分析結果を紹介します。