これまで長らく検索広告のマッチタイプの 1 つとして提供してきた「部分一致」は、2024年 7 月から「インテントマッチ」という新たな名称に変わりました。
変更に至った背景は前回の記事で触れているとおり、Google AI の発展に伴い、開発当初よりも精度高く生活者の「インテント(意図)」を捉えられるようになったことが大きな理由です。
大規模言語モデル(LLM)によって何十億ものテキストを学習し、他のマッチタイプでは使用していない複数のシグナルを用いることで、検索クエリの表層的な意味に限らない興味関心や購買意向を捉えられるようになったのです。
今回は、実際にインテントマッチ(施策当時の名称は部分一致)を活用して成果を上げている 3 社の事例から、インテントマッチを使いこなすポイントを見てみましょう。
導入 1 カ月でパフォーマンスが安定、現在は 9 割をインテントマッチで運用する楽天モバイル
楽天モバイル株式会社は 2020 年 4 月に携帯電話キャリアに本格参入しました。契約数を拡大する策の 1 つとして、2022 年末からインテントマッチを活用しました。
インテントマッチでは、企業側が指定したキーワードだけでなく、同じような意図を持つ幅広い検索クエリに対して広告を配信できるのが特徴です。
幅広いクエリに配信を広げられる一方で、「完全一致」「フレーズ一致」と比べて獲得効率が悪化してしまうのではないかという懸念も、以前から根強くありました。
楽天モバイルとしても、インテントマッチの導入による獲得効率の悪化を避けるために、まずは小規模な検証からスタートしました。
インテントマッチを導入する場合、最初は幅広い検索クエリに対して網羅的に配信し、どのキーワードが効率を維持しながら獲得につながるのか、Google AI が学習する期間が必要です。そのため Google では通常、インテントマッチのパフォーマンスが安定するまでの期間として最低 2 週間を目安として伝えています。もちろんこれは予算やキーワードなどに左右されるため、一概には言えません。
同社の事例でも、Google AI による学習が進んで広告のパフォーマンスが安定するまでに 1 カ月を要しました。その間はコンバージョン(CV)数が増加した反面、顧客獲得単価(CPA)はやや悪化。しかしここですぐに配信を止めることなく運用を続けると、その後は CPA を改善しながらより多くの CV 獲得に成功しました。
導入直後は学習するキーワードのボリュームが大きかった分時間を要したものの、キーワードのテーマごとに広告グループを作成していたことで、Google AI が学習しやすい環境が整い、精度が高まったと考えられます。
同社が指定したのは「携帯 sim」「スマホ 購入」「携帯 おすすめ」といったキーワードでしたが、実際に CV 獲得につながった検索クエリを見ると「タブレット用 sim」「スマホ 本体のみ購入 分割」「携帯 複数持ち」などのクエリにまで拡張してインテントを捉えていたことがわかりました。
現在は、同社の広告の約 9 割がインテントマッチによる運用です。上の検証を終えた後の 2023 年 3 月から 2024 年 3 月まで 1 年間の数値の変化を見ると、運用を進めるにつれて獲得数、獲得効率ともに改善が続いていることがわかります。
車のサブスク「KINTO」はインテントマッチで新規事業のニーズを発見
株式会社KINTO は、2019 年のサービス立ち上げから車のサブスクリプションサービスという新しい市場を開拓しています。
同社の検索広告での狙いは、オンラインでのサービス申し込み数の拡大です。しかし新たな市場のため、獲得につながる検索クエリが想定しにくい状況でした。このような顧客ニーズが読みにくい新規事業では、Google AI が自動でニーズを捉えるインテントマッチが効果を発揮します。
楽天モバイルと同様に、KINTO もまずはインテントマッチの効果検証から始めました。従来運用していた「完全一致」「フレーズ一致」での運用と、そこに「インテントマッチ」を加えた運用とで比較したところ、やはり初めのうちはインテントマッチの CPA が悪化し、CV 数も伸び悩みました。しかしその後学習が進むと徐々に効率的に CV を獲得できるように。最終的に検証した 2 カ月間全体で見ると、インテントマッチを加えた方が CV 数 30% 増、CPA 26% 減という成果を上げました。
またインテントマッチの運用を通じて、ユーザーの新たなインサイトを発見できたことも大きな価値でした。たとえば CV につながった検索クエリの中には「車 分割払い」「クレジットカード 車 買う」「車をお得に買う方法」など、支払いに関するものが多数見られました。
車を購入する際の支払い方法を調べる中で、KINTO という選択肢に気づき CV に至るケースがあることがわかったのです。
旅行予約につながる検索クエリを掘り起こした JTB
旅行会社の株式会社JTB もまた、インテントマッチを活用することで生活者ニーズの掘り起こしに成功しました。
たとえば同社が「春 旅行 おすすめ」というキーワードを指定したところ、「今行きたい観光地」という検索クエリにも広告配信を広げ、獲得につなげました。「春」や「旅行」といった単語の直接的な意味を超えて、「今行きたい観光地」という本質的なインテントに対してアプローチできたのです。そのほか「高級宿 予約」を拡張して「一生に一度は泊まりたいホテル」、「子連れ旅行」を拡張して「孫と旅行に行きたい」などインテントを捉えて効率的な獲得に成功しました。
一方で同社としては、改善点が見えた事例でもありました。というのも、もともと 2024 年 4 月以降のよりビジネスの見通しが立てられる予約獲得を目標にインテントマッチを導入しましたが、獲得できた予約の多くは 2024 年 3 月までの分だったためです。
ここから見えるのは、インテントマッチの運用でマーケターに求められる役割の重要性です。
たとえば旅行商品の場合、目的地までの距離や時期によって、予約のタイミングが変わります。海外旅行であれば数カ月前から予約する場合が多いでしょうし、逆に近郊への旅行であれば数日前に予約する人も多いでしょう。
自社の目標に照らし合わせて、そのためにはいつどのような地域の予約を獲得するべきなのかを分析したり、それに合わせて広告クリエイティブやランディングページを設計したりといった検討が必要になります。
インテントマッチは Google AI により運用を最適化しますが、当然それだけですべてうまくいくわけではありません。インテントマッチにより運用自体の負荷を軽減できるからこそ、その前提としてどのような戦略を設計するかが、マーケターに求められるのです。
同社では、今回獲得できた検索クエリから見えた仮説を基に、前段のコミュニケーション設計などの改善につなげています。
今回取り上げた 3 社の事例からわかるように、インテントマッチは効果的に顧客を獲得したり、企業もまだ気づいていない新たなニーズを発見したりする上で有効なマッチタイプです。しかし効果を最大化するためには、必要な学習期間を確保することが必要です。また、変化し続ける生活者ニーズに対して適切にアプローチするような戦略を組み立てなければなりません。AI に任せるところは任せつつ、AI を最大限活用するための戦略はマーケターの腕の見せ所です。
Contributor:長櫓 康男(アカウントマネージャー)/ 田中 朝樹(アカウントマネージャー)/ 高橋 圭一(インダストリーマネージャー)