アニメやゲーム、漫画、音楽といったエンターテイメントのコンテンツは、ネット以前は専用の機器や紙媒体で別々に楽しむものでしたが、今ではスマートフォンやタブレットなど、1 つの場所でまとめて楽しめる時代になりました。さらにサブスクリプションモデルも普及し、デジタルエンタメサービスの市場規模は大きく成長しています。
ではエンタメのビジネスモデルが大きな転換を迎える中で、人々の利用動向はどう変わったのでしょうか――。
Google は調査会社のインテージとともに、動画、漫画、音楽、ゲームの 4 つの領域を横断した調査(*1)を実施。その結果、デジタルエンタメ領域におけるマーケティング戦略を策定する上で重要な 2 つのトレンドを発見しました。
1 つ目は「エンタメ領域の垣根が崩れつつあり、カテゴリ間で可処分時間の奪い合いが“ない”」ということ。もう 1 つは、どの領域にも共通して「『作品ファン型』と『サービス利用型』の 2 種類のユーザー」がおり、両方を意識した設計が重要だということです。
この記事では、調査から見えた傾向と、新たなヒットコンテンツを作るためにどういった戦略をとればよいかを紹介します。
コンテンツ間での時間の奪い合いは「ない」
前述の通り、調査ではエンタメ領域におけるカテゴリの垣根は崩れてきていることが明らかになりました。複数のカテゴリをまたいで利用する人が増えています。
動画、漫画、音楽、ゲームの有料利用者のうち、2 カテゴリ以上のコンテンツを楽しんでいるユーザーは半分に迫る勢いです。
また「漫画と動画」「漫画と動画と音楽」「漫画と動画と音楽とゲーム」……と、併用するデジタルコンテンツのカテゴリが増えても、それぞれにかける時間は必ずしも減っているわけではありません。むしろ利用するカテゴリが増えるにしたがって加算される形で増加し、エンタメコンテンツを楽しむ可処分時間の総和も増えています。これはどのコンテンツの組み合わせであっても同様の傾向でした。特に若年層ほどカテゴリをまたいで多くのエンタメコンテンツを楽しんでいることも見てとれます。
さらにコンテンツ間の併用率を分析。確率的に算出した理論上の併用率を期待値とし、今回の調査結果を観測値として、この 2 つを比較しました。その結果、現時点での観測値は期待値まで届いておらず、デジタルコンテンツ同士の併用はまだ進む余地があることがわかったのです。
これらにもとづくと、デジタルエンタメ市場は今のところ、加入者それぞれの利用時間を取り合うよりも、さまざまなカテゴリで、サブスクなどを通じて好きなコンテンツを楽しんでもらえるように体験を提案していく段階であると言えそうです。
つまり、「コンテンツ間で可処分時間の奪い合いが起きるため、別カテゴリのコンテンツも競争相手」であるという従来の競争戦略ではなく、「別カテゴリのコンテンツであっても、共存し得る仲間」であるというシナジーを重視した戦略がより有効になるのではないでしょうか。
ヒットの鍵は、全方位的なクロスメディア戦略
ではこうしたデータを踏まえて、ヒットコンテンツを作るために事業者はどのような戦略、施策をとるべきでしょうか。
コンテンツのデジタル化以前は、単一カテゴリのコンテンツ開発が主流で、エンタメ業界全体を巻き込んで盛り上げるのは難しい環境でした。しかしデジタル化が進んで領域間の垣根が崩れたことで、動画、漫画、音楽、ゲームと全方位で、利用者に同時に価値を提供できる世界が生まれつつあります。
利用者を獲得するには、はじめからカテゴリやメディアを横断した視点をもってコンテンツを開発することが大切です。漫画コンテンツをアニメ化し、テレビや動画配信サービスで放送、主題歌をネット配信し、映画化やゲーム化する――といったメディアミックス戦略は従来から存在していますが、これまでは各コンテンツの制作時期にタイムラグがあったり、利用者も好きな時にそれを楽しめるわけではなかったりと、ブームを後追いする形でコンテンツを発信するのが一般的でした。そのため、コンテンツを発信した時にはすでにピークを過ぎてしまっていたり、利用者それぞれの盛り上がりに合わせられない画一的なプランニングにならざるをえなかったのです。
しかし動画配信サービスの利用が増えた現在では、人々は好きな時間に好きな場所でコンテンツを視聴して、すぐに話題に追いつけるようになりました。あらかじめ、メディアをまたいで、かつそれぞれの利用者のピークに合わせてブームを作ることを前提としたプランニングが可能になったのです。複数のメディアで展開されるコンテンツを横断的に楽しむことで 1 つの世界観が完結するようなクロスメディア展開も増えました。
そうした中で、それぞれのメディア特性を活かしたり、複数の入り口から多様なユーザーの流入があることを念頭に置いたコンテンツ設計にしたりすることで、より多くの人をコンテンツのファンにすることができます。全方位のクロスメディア戦略を採ることで、従来よりもヒットコンテンツを生み出しやすい環境にあるのです。
「サービス利用型」「作品ファン型」どちらにも刺さるサービス設計を
また、漫画を例にとって利用者の動向を深掘りしたところ、エンタメコンテンツの利用者像として 2 つのタイプが浮かび上がりました。
コンテンツにこだわりなく余暇を過ごすためにデジタルエンタメを使う「サービス利用型」と、特定のコンテンツを集中的に体験したい「作品ファン型」です。
サービス利用型は、「読み放題や期間限定をお得に楽しみたい」といった意識が強いため、それに刺さるような「機能的価値」の訴求が効果的です。一方で作品ファン型は、「没頭してワクワクしたい」「実写作品の再現度を原作で確認したい」といった意識に特徴があるため、そうした意識を醸成するための「情緒的価値」の訴求が効果的であることがわかりました。
両タイプは必ずしも固定的なものではありません。サービス利用型から作品ファン型への移行や、その逆もあり得る流動的な分類です。またどちらかを優先すべきといったものでもありません。ですから利用者の獲得を進める上ではこのどちらにも視線を向けるべきだと言えるでしょう。つまり、同じサービス内にサービス利用型と作品ファン型、両タイプに刺さる機能を両立させることが重要なのです。
たとえばレコメンド機能の場合。サービス利用型は暇つぶしなどとして使っているため、「人気ランキングトップ 10」のような形で一般的に人気のコンテンツをオススメし、労力をかけずに楽しめる顧客体験を提供。一方で作品ファン型には、個別の閲覧や視聴記録などから視聴頻度が高いコンテンツや出演者、ジャンルを特定し、「あなたへのオススメ」という形で利用を促し、ファン化を促進する、といったイメージです。
他にもプレイリスト機能や予告の出し方など、作品ファン型とサービス利用型を共存させる機能はさまざま考えられるでしょう。重要なのは、いかに両タイプを共存させるための機能を導入し、タイプごとに適切な機能を届けることです。
事業者によっては、すでに自社のサービスが作品ファン型もしくはサービス利用型のどちらかを重視した設計になっているかもしれません。その場合は、まず現状の設計を入り口にして、もう片方のタイプを取り入れていくような進め方がいいでしょう。そうした改良を進めることで、より広い人々に自社サービスを届けることが可能になります。
本記事では、エンタメ業界の垣根が崩れ、業界横断で共通した利用者タイプが顕在化していることを紹介しました。両方に共通するのは、どちらか一方に集中する「or」の考え方ではなく、共創、共存の「and」の考え方が重要だということです。こうした考え方にもとづいたサービス開発、コミュニケーション戦略が、今後ますます求められるでしょう。
Contributor:
コンシューマーマーケットインサイトチーム リサーチ部門統括 (日本 | 韓国) 小林伸一郎