今ほどデジタル化が進んでいなかった 10 年前、花王は圧倒的なテレビ広告と販社を通じた一斉配荷、大量陳列で消費者に商品を届けていました。ですが、ここ 10 年で顧客のライフスタイルは大きく変わりました。スマートフォンが普及し、ニーズが細分化、多様化しており、細かなニーズに対応した商品やサービスを届ける企業も増えてきています。
当社の 2010 年時点での EC 比率は 1 桁の割合でしたが、2020 年は EC 比率および広告宣伝費のデジタルメディア比率のさらなる拡大を目指しています。ただし、当社のような消費財メーカーでは、1 人ひとりのニーズに応えたパーソナライズをビジネスとして成立させるのは簡単ではありません。
コア層をファンに、スモールマスの広告戦略
そんな中、当社は 2015 年から「スモールマス」を提唱し、推進してきました。スモールマス戦略では、多様化、細分化する市場を、生活者の興味関心やライフスタイル、ニーズを理解した上でセグメントを分け、既存のマスより小さいながらも一定のボリュームを持つ消費者のグループに、それぞれに合った商品を提供するというものです。
10 年前、当社商品の多くはマスプロダクトでしたが、現在はくせ毛に悩む若い女性向けヘアケアブランド「エッセンシャル flat」 、洗濯洗剤ブランド「アタック」から派生した「アタックZERO」、口腔ケアブランド「クリアクリーン フルージュ」など、従来のマス向けブランドから細分化した商品をラインアップしています。ヘアケアブランド「and and」のように、最初からスモールマスターゲットの小さな商品ブランドを立ち上げるケースも、最近は増えてきました。
スモールマスへのシフトにおいては、商品開発だけではなく、対象となるユーザー層に価値を届けてファンになってもらうための広告展開も重要になります。商品開発時に想定した具体的なスモールマス顧客像のニーズや悩みを意識して、コミュニケーション戦略を設計する必要があるのです。スモールマスのコア層の生活文脈に合わせてブランドを提案し、トライアル購入を促進、結果として商品の良さが幅広く伝わっていく土壌を築きあげることが、広告投資における大切な視点です。
ですから、スモールマスにアプローチするにはテレビ CM だけでは限界があり、デジタル広告が重要なツールです。
スモールマスの「悩みに応える」を掘り下げ広告展開 「エッセンシャル flat」
「エッセンシャル flat」は「くせ毛や髪のうねりに悩んでいる」スモールマスのために作ったヘアケアブランドです。くせ毛、うねり毛にドライヤーなどで熱を加えると、扱いやすいまとまりのある髪になる技術を採用したのが特長です。
スモールマス向けの悩み解決型商品のため、深刻な悩みを解決する商品であるというメッセージを適切に届けることが必要と認識。事前の製品テストで、くせ毛やうねり毛に悩んでいる人からの高い評価を背景に、発売前のプリローンチ期には、同様の悩みを抱えている人にいち早く実感してもらうことで、まずはコア層からのよい評価を蓄積することを目指しました。
そこで、プリローンチ期は、スモールマスコア層へのアプローチ・トライアル促進を目的とし、ターゲティングを精緻に設計できるデジタルのみでキャンペーンを実施しました。検索広告においては、コア層の悩みに対応した解決策とみえるよう、「直接的な表現」をできるだけ的確に把握するよう注力しました。
悩み解決型商品を消費者が検索する時、悩みの質や程度が人によって微妙に異なり、それぞれ自分の言葉で調べるので、事前のキーワード設計を幅広く設定する必要があります。例えば、同じような髪質でも「くせ毛」と表現したり、「うねり髪」と表現したり、トリートメントで解決できると信じている人、ドライヤー解決まで行きついている人、商品から検索する人など、検索語句も少しずつ変わってきます。
そこで当社は Google と協力し、コア層がどのような思考で髪に関する情報を検索するかを早期にあぶりだし、くせやうねり解決の最適な情報としてブランド情報を発売初期からすぐ提供できるように試みました。
具体的には、「髪 うねり」「くせ毛」「髪 多い」「髪 広がる」という直接的な髪悩みに対するキーワードや、「ストレートパーマ」「ドライヤー ランキング」「コテ おすすめ」「ヘアアイロン 人気」「ボリュームダウン 髪 硬い」といった髪悩みの解決法を幅広く探ろうとするキーワードを押さえつつ、「シャンプー 口コミ」「シャンプー くせ毛」「ヘアケア 効果」「トリートメント ランキング」といった、ヘアケアのカテゴリーキーワードも押さえ、このような検索をした時に、エッセンシャル flatの検索広告が表示されるように展開しました。
それにより、プリローンチ期の検索広告経由のブランドサイト流入はブランド名や商品名からの検索流入だけでなく、「髪悩みの検索」と「ヘアケアカテゴリーの検索」からも多数獲得することができました。このように検索広告を新たな視点で活用したことが、コア層におけるエッセンシャル flat の認知形成にも貢献したことがわかります。
下図はEC での商品購入に至る流れの一例です。悩みの検索から入って、最終的にブランド検索に到達し、購入にまで至った人が 2 割おり、検索広告で広く網を広げることにより、悩みを持っているコア層をきちんと掴むことができたと考えています。
同時に、受け皿となるブランドサイトでは、コンテンツにも十分配慮しました。単なる商品紹介ページにはせず、共感性と納得性の充実にできるだけ配慮し、EC での先行販売にアクセスしやすくし、他社サイトや SNS での口コミもすぐに参考にできるような導線にも注意して作成しました。
エッセンシャル flat のブランドサイト
さらに動画広告では「YouTuber の〇〇をやってみた」のような表現で、コア層の世代やデジタルと親和性の高いコンテンツを作成しました。より“自分ごと”化しやすい表現で「くせ毛やうねり毛の解決品である」ことを伝達し、解決策を探している人にフォーカスした施策を展開したのです。
本発売前の EC での先行販売では EC サイトでの売れ行きが 9 月目標比 290% を達成。10 月以降のドラッグストアなど実店舗での発売と、それに合わせた テレビ CM 展開のフルローンチ期手前に、コア層から波及する回路を作ることに成功しました。
その後のフルローンチ期では、テレビ CM、OOH(交通広告)なども実施。検索連動広告は、広告キャンペーンから話題となるであろう CM キーワードなどにも網を広げました。また、ブランドキーワードに対して製品写真などを掲示できる「ギャラリー広告」を活用して、視認性を高め、リスティング広告自体からの認知効果も高める工夫を行いました。その結果、発売当初だけでなく、継続的にブランドサイトへの新規来訪者を獲得することができています。
「再現性」あるデジタル広告投資のために
当社では、商品開発でスモールマスのプロダクト展開を進めていますが、広告宣伝領域ではまだ、マス広告の予算がデジタル広告予算の倍以上を占めています。
エッセンシャル flat など、最近展開している一連のキャンペーンを通じて、スモールマス商品のマーケティングには、ユーザーの興味関心を捉える、そして、悩みを抱えるコア層の情報探索行動に合わせた検索広告や動画広告など、デジタル広告の活用が鍵となると考えています。
今後のデジタル広告投資を考えるうえで重要なのが「再現性」です。「エッセンシャル flat」では、プリローンチ期を設けて EC サイトのみで先行販売するという、過去に例のない取り組みとなりました。デジタル領域に投資を集中させ、なかでも検索広告への取り組み方をユーザー目線で再定義。Google とのプランニングにより、悩みを抱える人たちの検索語句を捉え、そこから一定の成果を得ることができました。今後は、そうした検索語句からの流入を解析し、KPI を設定することで、「再現性」を追求していくことができます。
もちろん新商品だけではなく、既存の商品もスモールマス戦略の展開は可能です。コア層の悩みやニーズに答える形で、デジタル広告の強みを最大限活かすことができます。そのためには、流通を通じて実店舗でどう販売するかという従来の視点だけではなく、ブランドサイトでコア層の期待や悩みに応えるコンテンツをしっかりそろえなければなりません。そして、EC プラットフォームでのトライアル購入を促し、結果として口コミ形成など商品の良さが幅広く伝播していく土壌を築き上げられるのです。スモールマスの発想がデジタルマーケティングを通して最大化していくこと。これが日本のマーケティング展開の新たな形の 1 つとなるよう、今後も歩み続けていければと考えています。