自動車は、衣料品や食品といった消費財などに比べて、思い立ってから購入までの情報収集や比較検討の期間が長いのが特徴です。これは商品が高額であることや、複数のメーカーが同じようなタイプの車を販売しているために比較検討に時間をかけることなどが理由だと考えられます。また多くの業界では、オンライン(EC サイト)での購入が伸びていますが、 Google と調査会社カンターの共同調査(*1)によると、依然として自動車は最終的にオフライン(ディーラー、販売店)で 99% の人が購入しています。その一方で、82% の人がオンラインで事前にリサーチすることもわかっており、ディーラーへの平均来店回数は 2.4 回、平均試乗回数もわずか 1 回でした。そしてその 1 回の試乗で購入を決定する割合が、ほぼ半数の 48% に達しています。
このことから、多くの人がディーラーを訪れた段階で購入する車種などをすでに決めていることが推測できます。つまりディーラー訪問までの情報探索行動が最終的な購入決定を左右する要素なのです。それゆえに、オンライン上での情報探索段階の間に、いかにユーザーと適切な接点を増やし、興味関心の喚起と態度の変容をさせるかが重要になってきます。
「バタフライ・サーキット」に合わせた接点戦略
それでは、適切な接点を増やす上で重要な点は何でしょうか。興味・関心の喚起や態度変容を生むには、まだ検討段階にまで至っていない潜在顧客に対しても準備をすることが大切です。ただここで留意すべき点は、潜在、顕在にかかわらず顧客の「各状態」は、順番どおりに起こるわけではないということです。
2019 年末に Google は、人々の情報探索行動のあり方を「バタフライ・サーキット」として紹介しました。これは従来のジャーニーモデルのように、段階的に購入という 1 点に向かっていくものではなく、さまざまな動機に合わせて現れたり消えたり、期間を空けて思い出したようにまた現れたりするランダムなものです。
これは自動車の購入にも当てはまります。自動車購入層の 70% は、「ただただ知らないことを知る」という以外に、さまざまな情報探索パターンで情報に接しています(*2)。たとえば「どんなものがあるか知りたいな」「この車にはどんな特徴があるんだろう」「試乗してみよう」といった各状態を「段階的」に進むのではなく、それぞれを行ったり来たりしながら購入に至ります。つまり特定の「段階」にのみ接点をもつのではなく、多様化する人々のニーズに合わせて広く接点をもつことが、より一層重要となりました。
検索広告の役割を拡大、再定義したトヨタ
購入に至るまでの情報探索行動が多様化したことに合わせて、オンラインでの幅広い接点を強化し始めたのがトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)です。最近では、オンライン広告の来店効果測定にも取り組むなどして、積極的にデジタルマーケティングやコミュニケーション戦略の変革を進めています。
その一環で今回、「検索広告」の目的を再定義しました。検索広告を自社サイトや販売店サイトへ誘導するためだけのものではなく、検討の初期段階にいる人々や購入の検討にはまだ至っていない人々に対しても、検索広告を通じて自社モデルの魅力を届け、態度変容を促せられないかと考えたのです。
前述の調査でも、自動車購入に至るまでのオンライン情報収集の中で 78% の人が「検索サイトでの検索結果」が購入に影響を与えたと回答しています。これは「ブランドサイト」の 62% よりも 16 ポイントも高く、最も購入に影響を与えたメディアでした。そこでトヨタは、「検索広告」の可能性を再考することが重要だと考えました。
「目標インプレッション シェア」で態度変容を促す
トヨタではこれまで検索広告を、「トヨタ C-HR」や「C-HR 価格」など、ブランド名や車種名を中心に展開してきました。しかしそれでは、まだ特定のブランドや具体的な車種を検討していない潜在顧客の興味・関心喚起、態度変容を促すことはできません。今回、潜在顧客も含めた接点拡大のための実験的な広告展開として、コンパクト SUV である「C-HR」の「検索広告」キャンペーンを実施しました。
具体的には、ブランド名や特定の車種名を含んだキーワードではなく「SUV かっこいい」「SUV 人気」といった車型を含む一般的なキーワードを選定。また今回の目的は、広告のクリックではなく、広告を目にしてもらうことで態度を変容してもらうことにあります。そこで、情報を届けたい層に効率よく広告を表示できる、Google 広告の自動入札機能「目標インプレッション シェア」を用いた広告配信を採用しました。
同予算で 2 倍以上の表示回数、購入意向や純粋想起も向上
企画を進める中で、一般的なキーワードへの広告出稿は、あまりに対象を広げすぎていて本当に効果的なのかという疑問の声もありました。そこで、訴求したい層にリーチできたのか、態度変容に効果はあったのかという検証も合わせて実施(*3)。これは広告クリック数の最大化を目的とした従来の広告運用では難しく、広告の表示最大化による態度変容を目的とした「目標インプレッション シェア」だからこそ可能な効果検証だったのです。
具体的には、同質性の高い 2 グループを作成し、一方には従来どおりの個別クリック単価設定で広告を配信。もう一方は広告の表示最大化を目的とした「目標インプレッション シェア」自動入札の広告を配信しました。
配信の結果、広告クリック数の最大化を目的にした従来の手動入札運用と比較して、広告の表示数の最大化を目的にした新たな自動入札運用は、今回のマーケティング強化対象だった、若年層の男性に対して、同じ予算で 2 倍以上多く表示されました。また、表示対象検索広告面での広告表示率である「インプレッションシェア」も、手動入札を 100 とした場合に、自動入札は 141 と大幅に増加しました。
実際に広告表示対象となった若年層の男性に事後調査を実施したところ、「SUV かっこいい」といった車型のみを含んだ一般的なキーワードに対する広告出稿だったにもかかわらず、広告で訴求した「C-HR」の「第一想起」は、広告クリック数の最大化を目的にした手動入札では 0% に対して、広告の表示数の最大化を目的にした自動入札では 6%、「純粋想起」は 7% に対して 13%、「試乗意向」は 34% に対して44%、「購入意向」は 22% に対して 28% と、こちらも高い結果となりました。
生活者の情報探索行動に合わせた検索広告の展開、その可能性
従来トヨタでは、車名などのブランドワードを中心として、主にサイト誘導のためにクリック重視で検索広告を運用していました。今回はそれに加え、具体的な車名を含まない一般的なキーワードを中心とした表示を最大化する運用により、目的としていた興味・関心喚起や態度変容といった結果を出せました。
生活者の情報探索行動を見つめ直す中で、新たなメディアを活用することはもちろん大切です。一方、検索広告のような既存メディアを新たな発想で利用してみることも大事ではないでしょうか。今回実施した、マーケティング目標に合わせた検索広告の活用は、インプレッション シェアによる運用という比較的新しい運用手法によって一層の効果をもたらしました。テクノロジーの進展が、従来の広告に新たな役割を担わせる典型例と言えるでしょう。
新たな活動には、やってみるという組織としての意思決定も大切ですが、一方でその効果を明確にする説明責任も伴います。今回のトヨタの取り組みでは、目的に合わせてどのように効果を検証するかも含めた設計をしたことで、既存のメディアの位置付けにとらわれない柔軟な視点を生かすことが可能になりました。
これからも生活者の情報探索行動の変化を捉え、それに合わせた新たなデジタルマーケティングの手法を提案していくとともに、その効果を客観的に分析し、検索広告などのソリューションの新たな可能性についても追求していきたいと考えています。
Contributor:
検索広告スペシャリスト 野々下 智一 / メジャメントスペシャリスト 池永 雅之