従来考えられてきた消費者の情報探索のあり方とは異なり、「さぐる」と「かためる」を行ったり来たりしながら意思決定をする「バタフライ・サーキット」。
最終回では、「バタフライ・サーキット」によって今後のマーケティングがどのように変わっていくか、考察を交えて解説します。
バタフライ・サーキット 5 つの特徴
マーケティングの変容を考える前に、私たちが多くの人のバタフライ・サーキットを観察する中で見えてきた、5 つの特徴を紹介します。
特徴 1:バタフライ・サーキットは並行して複数のカテゴリーで起こる
例えば保険について義務的に検索していると、それと並行して旅行や趣味の買い物といった、なにか楽しいことを検索するという情報探索行動が起こりやすくなります。さらにそういったご褒美検索の結果、気持ちも緩み、結果的にご褒美消費といったパルス消費(これに決めた!)が起こりやすくなります。
特徴 2:ある商品やサービスのバタフライ・サーキットが完了しようとするとき、それに関連した別のバタフライ・サーキットがはじまる
マンションの購入を例にするとさまざまな情報探索行動がひと段落したのち、それに関連して学校やインテリア、あるいは通勤カバンについてなど、関連する事柄のバタフライ・サーキットが多発するということです。そしてこういったときにも、パルス消費は起こりやすくなります。
特徴 3:バタフライ・サーキットは、消費者がその商品やサービスに対してどのような感情をもっているかによって違う
車を購入するケースを考えてみると、まったく同じ車を買った人でも、そもそも車好きな人と、地方転勤などで仕方なく車を買った人とでは、その車を買うためのバタフライ・サーキットはまったく異なってきます。逆に買った車種がまったく異なるものであっても、同じようなレベルで車が好きな場合、結果、似たようなバタフライ・サーキットになりやすくなるようです。
特徴 4:それほど愛着のない商品やサービスであっても、バタフライ・サーキットを完了させると、思わぬ達成感が得られ、その瞬間にその商品やカテゴリーを少し好きになる
歯磨き粉であれ、お風呂のカビ取り剤であれ、そもそもそれほど愛着やこだわりがあるわけでない商品であっても、仕方なしにはじまったバタフライ・サーキットの中で、思いがけない情報に遭遇し、知らなかったことを知ることになります。こうした経験を何度か繰り返すと、結果的にパルスした商品やサービスのことを、前よりも少し好きになり、こだわりや愛着が生まれるかもしれません。
特徴 5:ある特定の商品の購入を決心していたにもかかわらず、結局別の商品を購入した場合は、購買行動の過程で当初考えていた商品に関連してネガティブな体験があった可能性がある
ある人が、ヘアアイロンを購入しようとバタフライ・サーキットした結果、その商品にしようと心を決めていたにもかかわらず、いざ買いに行ったお店の店員さんが、その人の服装についてのコメントが本人にとって不快な体験となり、そのお店では何も買わずに、他の店ではじめて目についた他のヘアアイロンを買ってしまうといったようなことが起こるようです。こういった行動がこの特徴に当たります。
本人さえ気づいていない「実はだいじ」をくみ取り、それに寄り添うことが必要
これまで 5 回に渡って、バタフライ・サーキットという情報探索行動を通じて、今日の消費者の購買行動を読み解いてきましたが、いかがでしたでしょうか。
この連載では、直線型のマーケティングでは、今の多様な生活者の行動は捉えられないとずっと言ってきました。しかしながら、この連載を読んでいる読者の中には、実はそれについて、以前から気づいていた人がいるのではないでしょうか。
というより、自身の買い物行動や情報探索行動を振り返ってみても、実際には直線的ではないことは知っていたはずです。スマートフォンがこれだけ普及している中で、消費者は商品の名前をイチイチ覚える必要はありません。知らなかった商品は、その場で調べればいいのです。
現在多くの生活者は、たとえ家の中にいたとしても、浴びている情報量で言えば、渋谷の交差点のど真ん中にいるのとあまり変わりはありません。そしてその中から、必要に応じて自分が関心をもっている情報を選択して、それに注意を向けているのです。これは心理学的には "selective attention" 、ないしはカラーバス効果やカクテルパーティ効果と言われるものも含まれます。そしてこの観点で考えると、人は何かしらのモチベーションで情報を探索すれば、バタフライ・サーキットがオンになると言えます。
さらに言えば、バタフライ・サーキットがオンになっている状態は、本人も自覚がない段階からはじまっています。例えばバタフライ・サーキット上での「発見」に「運命」のようなものを感じるのも、そもそも本人の中にこうであればいいなぁという、おぼろげなホープ(願い)があるからです。オンになった中で、無意識に自分のもっているおぼろげなホープのイメージを探しているのです。
そしてそれが、目の前に提示されることで、探していたのはこれだと認識し、そのことに強弱の差こそあれ、「運命」を感じてしまうのでしょう。そして、運命を感じてしまった商品やサービスに対して、消費者がパルスし、一気に購買まで進んでしまうのは当然と言えるでしょう。
だからこそこれからのマーケティングは、消費者がもっている、言語化される前のこのおぼろげなホープ(願い)を、いかにブランドと関連づけられるかが非常に重要だと言えます。そのために、各々の消費者がこの瞬間にその商品やサービスを手に入れるにあたって、本人でさえ気づいていない「実はだいじ」なことをくみ取り、それに寄り添おうとする不断の努力が必要です。具体的に言うと、ブランドを手に取るとき、あるいは、ブランドからのメッセージを受け取るその瞬間に消費者が感じる、「あ、今の私のだいじ、見つけた。」と言う感覚をどうやって獲得していくかを考える。ということです。
これは、消費者を共通属性の集団として捉え、企業が作りあげたシナリオに無理やりあてはめるようなプランを実行するといった、マーケターセントリックな方法では難しいでしょう。そうではなくて、よりヒューマンセントリックな視点から、人の意識と心理を察することで初めて見えてくるフォルムでなければ、この「実はだいじ」に近づけないでしょう。
今回の連載で、私たちは今の消費者の情報探索行動をバタフライ・サーキットと名づけ、論じてきました。これが皆様のマーケティング活動のなんらかの変化につながればと思います。